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罪 状 銃刀法違反
被告人 80代後半男性
求 刑 1年2月
最近のニュースで、刑務所から出所直後の男が「刑務所に戻りたい」との理由で、盗んだトラックで男女2人の被害者をひき逃げして、被害者2人はその後死亡したという事件が報道されていました。男は「殺人罪」で起訴されたということです。
今回の事件の被告人も「しゃば」の生活が嫌になって、刑務所に入りたくなったので「包丁を持っている」と自首したと供述しています。被告人は「刑務所は規則を守っていたらよいので楽に生活できる」とも供述しています。
刑務所は矯正施設であって、福祉施設ではないのですが、考え違いをしている輩がいることは嘆かわしいことです。考え違いの末に人の命まで殺めるなどはもってのほかです。
事件の概要
令和2年5月のゴールデンウイークの中日、被告人は前刑で滋賀刑務所から出所した際に、世話になった※1「夜まわりの会」の支援員のAさんに会うことを思い立ち、事前のアポイント無しに滋賀県内のJRの〇駅に降り立ちました。〇駅は前刑で出所した時に「夜まわりの会」に紹介されて1泊したホテルがあったことで覚えていました。
※1「夜まわりの会」は、貧困や生活に苦しむ人たちへの支援活動を行っているNPO法人で、全国各地で活動しています。年末のホームレスへの炊き出し支援活動は、メディアに紹介されています。
被告人は、前刑で出所した時に泊まったホテルに行けば「夜まわりの会」のAさんのことが分かると思い、〇駅で降りてすぐに、駅前の交番に入りホテルのことを訪ねました。ところが警察官から「そのホテルはコロナで休業中」と伝えられ、どうしようか考えているうちに、JRの電車内で飲んだ酒がきいてきたことと、持病もあって、気分が悪くなってきました。立っていることもままならない状況でしたので、自ら119番通報しました。すぐに救急車が到着し、近くの病院に搬送されて入院することになりました。
被告人は、病室で一晩中これからのことを考えているうちに、刑務所に入った方がすっきりすると思い立ち、病院の警備員に、カバンの中のタオルで巻いた刃渡り16.9cmの包丁を見せ、「自分は包丁を持っているから責任とりますわ。警察を呼んでくれ。」と自首しました。警備員はすぐに110番通報し、駆け付けた警察官によって※2「銃刀法違反」の容疑で現行犯逮捕されました。
※2銃刀法違反とは、「銃砲刀剣類所持等取締法」の略称で、正当な理由なく銃砲や刀剣類、刀剣類以外の刃物を持ち歩くことを禁ずる法律に違反することです。今回の事件の場合は所持していたのが包丁ですので、刀剣類以外の刃物ということで、刃渡り6cmを超える刃物は所持してはならないと規定していますのでこれに該当します。ただし所持していれば即逮捕かというとそうではなく、包丁を買った帰り道の所持や、料理人が通勤で所持していたなど、正当な理由があれば問題ないということです。被告人の場合は護身用として所持していたことと、前科があったということで即現行犯逮捕ということになりました。罰則は、刀剣類以外の刃物の所持の場合、2年以下の懲役または30万円以下の罰金と規定されていますが、今回の被告人の場合は前科がありますので、懲役刑の実刑は免れないと思います。
被告人は中学卒業後、コック見習いなどしていましたが、刑務所への入出所を繰り返していました。気付けば前科37犯、前歴6件になっていました。人生の大半を刑務所で過ごしていたことになります。
直近の服役は、平成30年7月に「詐欺罪」で懲役1年6月の実刑が確定して服役し、平成31年12月末に出所しています。つまり今回は出所して5か月後ということです。
その前には、平成28年6月に「銃刀法違反」で懲役の実刑判決を受けていますが、これはそれまでに若者から「おやじ狩り」に逢ったことで、護身用に包丁を持つことにしていたものを職務質問で見つけられ、「銃刀法違反」の容疑で現行犯逮捕されたものです。逮捕された後も被告人は常に、護身用に包丁を持ち歩くことにしていました。
被告人は、前刑で滋賀刑務所から出所後に「夜まわりの会」に大変世話になり、この時泊まったホテルの印象からも、いつかは滋賀に住みたいと思うようになっていました。
その後はC県で生活保護を受けながら生活していましたが、被告人の住んでいる所の周りの人たちにはポン中の人がいたり、金を貸してくれとせがんでくるような人たちが多く、嫌気がさしてきていたところで、急に滋賀に行くことを思い立ち「夜まわりの会」のAさんを訪ねることにしたのでした。
被告人は、検察の調べに対し「社会での生活の方がしんどい。刑務所の方が楽です。銃刀法違反で刑務所に行きたい。所持金も少ないし、C県には帰りたくない。次は刑務所から出所後は滋賀で住みたい。」と供述しています。被告人はまた公判の被告人質問の中で「刑務所は規則を守っていたらよいので楽に生活できる。」とも答えています。
罪状認否
検察官が朗読した起訴状について、裁判長が認否を問います。
被告人
間違いありません。
弁護人
公訴事実については争いませんが、今回の場合自首が成立すると考えます。
裁判長
検察官の意見はいかがですか。
検察官
検察側としても自首が成立すると考えます。
ということで、今回は自首が成立しますが、これが量刑にどう影響するかは分かりません。
被告人質問
弁護人
何故自首したのですか。
被告人
人生の最後ぐらいきれいな気持ちで死にたかったので、最後に刑務所に入ってリセットしたいと思いました。そして刑務所を出たら「夜まわりの会」のAさんに会って、その後滋賀に住みたいと思いました。
弁護人
それで病院の警備員に包丁を見せたのですか。
被告人
そうです。警備員に「包丁持っとるから責任とりますわ。」と言いました。すぐにポリが来ました。
弁護人
警備員に包丁で脅したということはありませんね。
被告人
そんなアホではありません。
弁護人
あなたは持病があるのですか。
被告人
心筋梗塞で倒れました。C県の病院で薬をもらって飲んでいます。
弁護人
出所後はどうするつもりですか。
被告人
C県には戻りたくありません。滋賀で住みたいです。
弁護人
前に銃刀法違反で逮捕されてから、包丁を持つのをやめようと思いませんでしたか。
被告人
思いませんでした。今後は持ちません。
検察官
今回護身用で持っていた包丁はどうして手に入れましたか。
被告人
自宅に料理用に備え付けの包丁です。
検察官
何故刑務所に入りたいと思うのですか。
被告人
社会の中で生活するのがしんどくて、自分のことが分からなくなります。刑務所は規則を守っていればよいので楽です。これで最後にしたいと思っています。コロナの特別定額給付金の10万円は寄付しました。
裁判長
あなたの前科の数から考えると、社会にいる時間より刑務所にいる時間の方が圧倒的に長いですね。
被告人
社会では生きづらいです。
裁判長
前科のうち、傷害20何件は全部酒がからんでいるのですか。
被告人
死にたいと思っても死ぬだけの根性がないので、酒に逃げてけんかをしていました。
裁判長
社会では何がしんどかったですか。
被告人
人間関係がきつかったです。近所のポン中の連中を見ているといやになりました。この先も長くないので早く死ねればいいと思っています。
裁判長
あなたね。生きてくださいよ。
論告求刑
論 告
被告人は鋭利な刃物を持ち歩き、犯行態様は危険かつ悪質である。護身用に刃物を持ち歩くという動機に酌量の余地はなく、再犯の可能性が大である。安易に刑務所に入りたいというという考えで自首しており、厳重に処罰して規範意識を涵養する必要があります。
求 刑
被告人に懲役1年2月を求刑する。
弁護人最終弁論
公訴事実は争いません。被告人は以前に「おやじ狩り」に逢った経験から、護身用に包丁を所持していたのですが、見せることで威嚇することを目的にしており、決して他人に危害を加えることを目的にはしていませんでした。
今回は自首が成立しており、逮捕後の捜査にも積極的に協力し、社会復帰後は更生したい旨述べています。
被告人には懲役6月が妥当と思料します。
被告人最終陳述
迷惑をかけました。今後は犯罪行為とは縁を切ります。
裁判の向う側
被告人は80代の後半です。刑務所を出所しても残りの人生は長くはありません。人生の大半を刑務所で過ごした被告人の人生はどんな人生だったのでしょう。
人が人生を決めるのか、環境が人生を決めるのか分かりませんが、被告人が供述していたように、人生の最後ぐらいきれいな気持ちで終わらせてあげたいと思いました。
いつものイケメン裁判官でしたが、今回も被告人質問の最後に、ジンとくる言葉を自分の父親以上の年齢の被告人に投げかけました。
「あなたね。生きてくださいよ。」
この言葉を聞いた被告人は、後ろから見ていると少し肩を震わせていたように感じました。
それでも、刑務所は矯正施設であって、老人福祉施設ではないのですが、考え違いをしないでいただきたいと思います。
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