2020年6月4日木曜日

【裁判傍聴記】新型コロナの影響で給料が激減し生活できなかったので、ついネコババしてしまいました

被告人は、スーパーに立ち寄った際、カート置場の中の1台にトートバックが忘れられているのに気付きました。被告人はカートごとトイレに持ち込んで、バックの中から現金約7万円の入った財布と携帯電話2台を抜き取って、自分のバックに入れて持ち帰りました。後日被告人は、占有離脱物横領罪(ネコババ)で逮捕されました。

ファイル:ねこ太郎(田代島の猫).JPG
資料写真(Wikipedia)

罪 状 占有離脱物横領(ネコババ)
被告人 50代前半男性
求 刑 懲役10月

新型コロナウィルスの影響で、日本中が経済的に打撃を受けています。花形産業と云われる自動車産業も例外ではありません。業界全体が縮小して、その影響が最初に来るのは、自動車メーカーに部品を供給している中小の工場であり、そのなかでも最も早くしわ寄せを受けるのは、その工場で働く被告人のような派遣社員です。

今回の事件は、被告人の心の弱さが犯行に向かわせたことは、言うまでもありません。しかし、その背景には新型コロナウィルスの影響で仕事が減少し、被告人の給料が激減したことが、犯行への後押しとなったことは間違いのないところです。

既に、経営破綻あるいは一歩手前に至っている企業が日本中に無数にあるなか、生活苦から犯罪に走る人が増えるであろうことは想像に難くありません。たとえどんな状況でも、あと一歩のところで踏みとどまるよう、切に願うところです。


事件の概要

令和2年3月〇日10時頃、被告人は自宅近くのスーパーに買い物に行き、店内に入ろうとして、入口のカート置き場にふと目をやると、1台のカートにトートバックが忘れられているのに気付きました。他の客がこのカートにあたってカートが転がったことから、被告人はこのカートを押して店内に入りました。そして入口近くの個室トイレに入って、ベビーベッドの上でトートバックの中身を確認しました。トートバックの中には黒とピンクの財布が2つ、携帯電話が2台入っていました。
黒の財布には現金約6万円とキャッシュカードと免許証、ピンクの財布には現金1万1千円とカード類が入っていました。

被告人は、トートバックごと自分のバックに入れ、慌てて自転車で自宅に帰りました。帰る途中、携帯電話は足がつくと思い、トートバックに入れて自宅近くのゴミステーションに捨てました。被告人は自宅に持ち帰った財布の中身の内、現金のみは抜いて手元に残し、キャッシュカードや免許証、その他カード類は使えないと考え、家庭ごみで捨てました。

被害者は、トートバックを置き忘れたことに気付き、あわててスーパーに戻り案内所に駆け込みましたが、忘れ物の届け出はありませんでした。そこで被害者は携帯電話の位置情報サービスで携帯電話の位置を調べたところ、携帯電話はスーパーの場所ではなく少し離れた場所にあることが分かりました。被害者はトートバックが持ち去られたものとして警察に通報しました。被害額は現金と携帯電話、トートバックと財布など合わせて約13万円でした。

被害者から通報を受けた警察では、携帯電話の位置情報からゴミステーションを特定して携帯電話を回収し、さらにスーパーの防犯カメラの映像から、前科のあった被告人を特定して、後日被告人を占有離脱物横領罪の疑いで逮捕しました。

被告人は東京の出身で、夜間高校を卒業後大学に入りましたが中退し、その後は運転手などをしていましたが、現在は工場の派遣社員として働いていました。

被告人には離婚歴があります。

被告人は、滋賀県内の自動車部品の工場で派遣社員として働いていました。ところが今年(令和2年)に入って、新型コロナウィルスの影響で工場の受注が激減したため仕事も減少したため、2月から派遣先の工場が別の工場に変更になりました。

それに伴って、これまで昼勤と夜勤の2交代シフトで働いていたものが、昼勤のみのシフトとなり、2月までは夜勤手当もあって月約20万円前後の給料だったものが、3月の給料は約5万5千円と激減しました。重ねて被告人は前月に通販でドイツ製の洗剤など購入していたため、3月はこの支払い約3万円も必要になり、被告人は、これでは生活できないと考え、派遣会社から3万円前借りしていました。

被告人は前科2犯で、この事件の前には窃盗で執行猶予付きの有罪判決を受けており、今回の事件は執行猶予期間が明けて5か月後の犯行でした。

被告人は、検察官の取り調べに対して「今は金が無いので弁済出来ませんが、社会復帰して弁済したい」と供述しています。


弁護側証拠調べ

被告人が被害者に宛てて書いた「謝罪文」が証拠として取り調べられました。被告人は謝罪文の中で、弁済金の分割についてお願いしています。


被告人質問

弁護人
1ヶ月の生活費はいくら位ですか。
被告人
12万円から13万円です。

弁護人
3月は絶対必要な金額はいくらでしたか。
被告人
6万3千円は絶対必要でした。

弁護人
この状況でどうしようと思いましたか。
被告人
このままではいけないので、バイトをしようと思い、派遣会社の担当者に相談していました。

弁護人
3月分の給料が3月×日に支給されて、3日後の3月〇日に犯行に及んでいます。犯行当日、トートバックが忘れられているのを見て、どういう思いでしたか。
被告人
色んなことが頭をよぎりました。そして中身次第ではとも思い、トイレの中で確認しました。届けなくてはという考えもありました。

弁護人
ネコババしようということは、いつ決めましたか。
被告人
トイレの個室のベビーベッドの上にバックの中身を出した時点で決めました。給料が下がっていなければ、自分には前科もありますが、サービスカウンターに持っていっただろうと思います。

弁護人
被害者は、現金一括で40万円弁償しろと言っていますが、現実的に無理ですので
弁護人から東京の両親に助けてもらうよう連絡しましたが、全く返事していただけない状況です。
被告人
前回の事件のこともありますので、そうなるのだと思います。

弁護人
派遣会社の担当者は面会に来てくれましたか。
被告人
数回来てもらいました。解雇はしないと言ってもらっています。コロナの影響でどうなるか分からないけれど、再雇用すると言ってもらっています。

弁護人
執行猶予が付かず、実刑となった場合はどうすると言っていますか。
被告人
実刑の場合は、その時考えると言っています。アパートは寮として継続しておくとも言ってもらっていますので、申し訳ない思いでいっぱいです。

弁護人
何故こうなったと思いますか。
被告人
人としての甘いところ、弱いところが原因です。

弁護人
今後二度とこのようなことを犯さないためにどうしますか。
被告人
少しずつでも貯金して、このようなことに備えます。

検察官
今回盗んだお金は何に使いましたか。
被告人
生活費と風俗(デリヘル)に使いました。

検察官
デリヘルにいくら使いましたか。
被告人
5万5千円です。

(・・・なんと、被告人は盗んだお金から風俗に5万5千円もの大金を使っていました。)

検察官
生活が苦しいと言いながら、風俗に金を使うというのはどういうことですか。
被告人
家に帰って、現金を見て気が緩みました。自分の甘さです。

検察官
前回の窃盗事件の弁済はどうなっていますか。
被告人
被害者の方に連絡がとれませんので、弁済できていません。

検察官
相談できる人はいますか。
被告人
派遣会社の担当者くらいです。

検察官
今後はどうしたいと考えていますか。
被告人
どんな仕事も選ばずにやりたいと考えています。

裁判長
犯行の時点で、前刑で有罪判決を受けていることに考えが及びませんでしたか。
被告人
執行猶予が4年だったか、3年だったかあいまいになっていまして、3年だったらだめだなということは頭の中によぎっていました。

裁判長
今回の件は、どの段階で間違ったと思いますか。
被告人
バックをトイレに持ち込んで中身を見たことです。

裁判長
バックをトイレに持ち込んだ時点でダメです。そもそもカートからバックを手に取ったのが問題です。あなたの場合、たとえバックが忘れられていることに気が付いていても、それに関わらないことが大事です。自分で弱さや甘さを言っていますが、強さとは誘惑に負けないことだと思いますよ。


論告求刑

論告
動機に酌量の余地はなく、大胆かつ悪質な犯行で、また現在の被告人の生活環境は芳しくなく、再犯の可能性があると思料されます。

求刑
被告人に対し、懲役10月を求刑します。


弁護人最終弁論

今回の犯行は、前刑の執行猶予が明けて5ヶ月後の犯行であります。また動機には新型コロナウィルスの影響による給料の激減という充分酌量に値する事情があります。被告人には規範意識がないとは言えず、また今回の犯行は偶発的犯行ということができます。

以上の事情から、被告人には罰金刑が相当と思料します。


被告人最終陳述

自分の生活態度や心の甘さ・弱さが問題です。被害者の方には謝罪の気持ちでいっぱいです。


裁判の向う側

被告人がネコババした現金の大半を風俗に使ったというオチがつきましたが、今回の事件の背景に新型コロナウィルスの影響による経済の大打撃と、これから来る派遣切り・雇止めがあったことは間違いのない事実です。

テレビや新聞のニュースでは余り報道されていませんが、you tubeやSNSの発信を見ていますと、派遣社員の方が派遣切りや雇止めにあったという訴えが多く見受けられます。

今後この状況は加速化して、非正規の方から順に正社員にまで、雇用の不安定が拡大していくことが予想されます。そうなるといやが応でも、犯罪に手を染める人もでてくることでしょう。早め早めの救済策が待たれるところです。

雇用に不安を抱えている方たちも、最後は生活保護を受けるという手段もありますし、行政の含め様々な方たちが相談の門戸を開けて待っていますので、一人で考え込まないようにしてほしいものです。

新型コロナウィルスが早く終息することを願います。

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