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罪 状
・犯罪による収益の移転防止に関する法律違反
・電子計算機使用詐欺罪
・詐欺罪
被告人 30代前半男性
求 刑 懲役2年
特殊詐欺は「掛け子」や「受け子」、「出し子」、「運び屋」などの役者と、携帯電話やビジネスバッグ、そしてカードを入れるための封筒などのツールを組み合わせてシステム的に行う犯罪です。
この犯罪システムの中で預金口座のキャッシュカードは、被害者にお金を振り込ませるために非常に必要な重要なツールとなっていて、最近はSNS上で預金口座のキャッシュカードが頻繁に取り引きされるようになっているそうです。
ただ、特殊詐欺の被害金額が数百万円以上なのに比べると、キャッシュカードの取り引き価格は1件3~4万円程度と安いようです。これは1つの口座を使えるのが1回きり(何回も使うと足がつく)ということと、売り手が多くなっているのも原因なのではないでしょうか。
お金になるからといって、この取り引きに手を染めてはいけません。預金口座のキャッシュカードを他人に売却したり、タダであげたり、貸したりすることは犯罪です。特殊詐欺やマネーロンダリングに悪用されることから「犯罪による収益の移転防止に関する法律違反の罪」に問われます。
さらに、銀行で口座を開設する際には、銀行からの遵守事項として「架空名義・借名名義での口座開設はできません。また、口座を売買・譲渡したり、キャッシュカードを他人に貸与・譲渡することは法律で禁止されています。」と規定されていますので、この規定に違反して口座を開設すると、「電子計算機使用詐欺罪」に問われ、併せて「詐欺罪」にも問われます。
事件の概要
令和元年9月〇日、関西地方に住む被告人はA銀行のG県にあるセンターとWeb上の手続きで自身の預金口座を開設しました。口座開設時の口座開設理由は「資産運用」としました。
翌月始めには、A銀行から本人限定受取郵便で郵送されてきたキャッシュカードを受け取り、このキャッシュカードをSNSで知り合った人物に有償で譲渡すべく、自宅近くのコンビニの宅配サービスを使って、指示された東京の住所地の氏名不詳者(実在しない人物)宛に送付しました。後に被告人がこの売却によって得た報酬は数万円でした。
被告人逮捕のきっかけは、冒頭陳述では述べられませんでしたが、恐らく別件の特殊詐欺の捜査の過程で、被告人名義のA銀行の口座が使われたことが発覚し、被告人が捜査線上にあがったのだと考えられます。A銀行の関東地方の支店で、被告人名義の口座に入出金があったことを確認しています。
被告人は高校卒業後、設備関係の会社で働き、3年前に7歳年下の女性と結婚して、現在は2歳8か月の娘がいます。被告人夫婦は義理の父母の家に同居して、この家には義理の兄も同居しています。義理の父母の家では食事は一緒ですが、義理の父母から生活費の援助は受けていません。
被告人の実母は浪費がひどく、クレジットカードで買い物や旅行の費用を支払っていたため、借金は最大で180万円になっていました。更にその上に実母は脳梗塞を患い、国民健康保険の保険料の滞納や住民税の滞納もあって、借金は500万円位に膨れ上がっていました。実母に借金があることが分かったのは、2~3年前で何とか債務整理をして借金は150万円程度になり、被告人と被告人の妹が分担して肩代わりすることになりました。ところが被告人の妹はいち早く自己破産をしたため、被告人の肩代わり分は妹の返済分を除くと100万円程度になりました。
被告人も自己破産することを考えましたが、勤め先の会社の社長から自己破産しない方がいいと言われましたので、借金はそのまま返済していくことにしました。
被告人の平成30年夏ごろの収入は月に18万円~20万円程度で、実母の借金の肩代わりの返済額はその当時月に6万円でしたので、この返済額の捻出は相当厳しいものでした。そこで被告人は、SNSで知った「銀行口座・キャッシュカードの売却」で金を稼ごうと思い立ち、最後には13の銀行に口座を開設し、「銀行口座・キャッシュカードの売却」で金を得ることとなりました。これで得た金は合計30万円~40万円になり、実母の借金の返済と自身のパチンコ代になりました。
銀行口座の開設はスマートフォンで行いました。また、妻や義理の家族に知られたくないので、自宅かコンビニの駐車場の車の中で行いました。
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証人訊問
弁護側の情状証人として、被告人の20代前半の妻が出廷しました。
弁護人
証人の現状を教えてください。
証 人
結婚して3年になり、2歳の娘がいます。スーパーのレジ打ちのアルバイトをしていて、月8万円ほど収入があります。父母の家に同居していて、兄も同居しています。父母から生活費の援助は受けていませんが、食事は一緒にしています。
弁護人
被告人の犯行当時の生活はどうでしたか。
証 人
生活は苦しかったです。主人の小遣いは月1万円でした。
弁護人
被告人はどういう人ですか。
証 人
性格はやさしいけれども、いいかげんです。仕事は真面目にやっていました。
弁護人
被告人が逮捕されたことはどうやって知りましたか。
証 人
警察からの連絡で知りました。
弁護人
被告人がいろんな銀行で口座を作っていたことは知っていましたか。
証 人
昨年夏ごろから色んな銀行で口座を作っていることは知っていました。10件以上ありました。ポイントを集めるためと言っていました。
弁護人
被告人が犯罪に手を染めていたことを知って、離婚は考えませんでしたか。
証 人
離婚も考えましたが、主人は人としては悪い人ではないので、これからは悪いことをさせないよう離婚はしませんでした。主人は更生できると思います。
弁護人
被告人が拘留中に何回ぐらい面会に行きましたか。
証 人
20回ぐらい、週に1回は行っていました。
弁護人
被告人が社会に復帰後にはどうするつもりですか。
証 人
家族で理解したうえで、受け入れることにしました。
弁護人
被告人の更生のため、証人としてどうしようと思っていますか。
証 人
主人と出来るだけ話をして、お金に困っているのだったら話をしていきたいと思っています。
検察官
被告人は、金に困ってやったと言っていますが、キャッシュカードを売ったお金は一部パチンコにも使ったと言っていますが。
証 人
父母と同居して居場所がなくてパチンコをやっていたと言っていましたので、今後は一緒にいて話をしたいので、父母の家を出て近くに引っ越しも考えたいと思っています。
検察官
被告人は、社会復帰後はどうすると言っていますか。
証 人
仕事をしたい、工場で働きたいと言っています。
裁判長
2歳8か月の娘さんには被告人がいないことを何と言っているのですか。
証 人
仕事でいないと言っています。
裁判長
娘さんに被告人が仕事でいないと言っていることに対して被告人は何と言っていますか。
証 人
ごめんな。早く会いたいと言っています。
被告人質問
弁護人
最初に口座を売ったのは、昨年の夏ごろですか。
被告人
B銀行とC銀行にキャッシュカード2枚で8万円で売りました。金は実母の借金の支払いとパチンコに使いました。
弁護人
お母さんの借金を返済していることを奥さんには話していましたか。
被告人
最初は言っていませんでしたが、途中で妻に言いました。
弁護人
「銀行口座・キャッシュカードの売却」は悪いことだとは思いませんでしたか。
被告人
キャッシュカードが送られてくる封筒に書いてあったので、途中で犯罪と知りました。途中から分かりましたが、金のことで頭がいっぱいで、とりあえず金を使おうと考えました。
弁護人
お母さんの借金について誰かに相談しなかったのですか。
被告人
自分一人でどうにかなると思っていましたので相談しませんでした。
弁護人
金が必要なら、特殊詐欺の出し子とか受け子とかしようと思いませんでしたか。
被告人
そこまでは考えませんでした。
弁護人
家族に対しての思いは。
被告人
家族に迷惑をかけて申し訳ないと思っています。
弁護人
今後はどうしようと考えていますか。
被告人
土・日曜日も働いて、最後は嫁に相談します。
検察官
何故奥さんに相談しなかったのですか。
被告人
嫁に変な気を使わせたくないと思いました。どうにかなる、自分で出来ると思っていました。
検察官
今後、お金の管理はどうしますか。
被告人
金の管理は嫁に任せます。
裁判長
お母さんの借金の返済は大変だったでしょう。
被告人
しんどかったです。
裁判長
自己破産した妹さんは今どうしていますか。
被告人
妹は普通に生活しています。
裁判長
あなたは何故自己破産しなかったのですか。
被告人
勤め先の社長に止められたのと、自己破産は悪いことだという抵抗がありました。
裁判長
自己破産という裁判所が判断する制度を使って、あなたの重荷をとるというのも選択肢の一つです。大事なものを失わないようにしてください。
論告求刑
論 告
常習的犯行の一環で、動機に酌むべき事情はない。本件犯行が関わった特殊詐欺の被害結果は甚大である。本件は一般予防の見地からも厳重に処罰すべきで、被告人に有利な事情を考慮してもなお、厳罰が望ましい。
求 刑
被告人を懲役2年に処するを相当とする。
弁護人最終弁論
被告人には酌むべき情状があります。
被告人が売却した、銀行口座やキャッシュカードそのものの財産的価値は小さい。被告人は反省しており、警察の捜査にも積極的に協力しています。被告人の家族の存在は大きく、被告人の娘にとって被告人は不可欠な存在です。被告人に前科前歴はなく、被告人の妻が出所後の指導・監督を約束しており、再犯の可能性はありません。以上から執行猶予付きの判決を要望します。
被告人最終陳述
4ヶ月ちょっとの留置場の生活は辛く、二度と入りたくないと思いました。自分が売ったキャッシュカードが元で被害に逢われた方に申し訳ない思いです。家族にも迷惑をかけて反省しています。
裁判の向う側
銀行口座やキャッシュカードの売買が、どれだけ危険な行為か理解いただけたでしょうか。ふとした気の迷いであっても、絶対に手をだしてはいけません。
それにしても、今回の事件の若い夫婦は2人ともにけなげで、いとおしく感じるのは私だけでしょうか。犯罪を犯した夫を見捨てることなく、共に生きていこうとする妻の姿、2度と犯罪をしないと誓う夫の姿、これからの生活に幸あれと願うばかりです。
今回の事件で、被告人は有罪判決は免れないでしょうが、この先夫婦2人で力を合わせて、これを乗り越えていくことでしょう。陰ながら期待します。
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