2020年4月13日月曜日

【裁判傍聴記】預金通帳やカードを他人に譲るために口座を開設して詐欺で逮捕

被告人は、ボーイとして働いていたキャバクラの客の知り合いXから脅されて、銀行口座を開設し、預金通帳とキャッシュカードをその知り合いXに譲渡しました。その後Xが別件で逮捕され、その捜査の過程で、Xが当該銀行の別の支店のATMで、被告人が譲渡したキャッシュカードを使って被告人の口座にお金を入金していることが判明し、被告人が自身の預金通帳とキャッシュカードを不正にXに譲渡したことが発覚しました。

ファイル:PASPY ATM.jpg
資料画像(Wikipedia)
罪 状 詐欺罪
被告人 40代前半 男性
求 刑 懲役1年6月


事件の概要

平成27年10月〇日、被告人はA銀行のB支店で預金口座を開設し、その口座を他人に譲渡するために預金通帳1冊とキャッシュカード1枚を騙し取ったものです。

自分の口座をどう使おうと勝手だと思いがちですが、最高裁判例によりますと、口座を開設する時に他人にその口座を売ったり使わせたりすることを決めていて、その目的を銀行に黙っていた場合、預金通帳やキャッシュカードを受け取ると詐欺罪が成立します。
また、他人が自分になりすまして使うことを分かったうえで預金通帳やキャッシュカードを渡した場合は、犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯罪収益移転防止法)違反の罪が成立します。

譲り渡された銀行口座は、最近では特殊詐欺のツールとして被害者からの入金先などに使われる場合が多く、多くの特殊詐欺被害者を生んでいるということをしっかりと認識して、安易な行動に走らないよう法律で厳しく規制しています。

被告人は、大阪の高校を卒業して飲食店を転々として勤め、住所も転々としてきました。逮捕当時は大阪市内のキャバクラでボーイとして勤めていました。

平成27年になって被告人は、勤めていたキャバクラの客から紹介されたXと知り合い、Xと親しくなるうちに、Xから「礼はするので被告人の名義で駐車場を借りてほしい」と依頼され、3万円を渡されました。被告人は渡された3万円の一部を飲み屋で使ってしまい、依頼された駐車場の契約が出来ませんでした。

駐車場が契約できなかったことから、Xは被告人に対し「数百万円から1千万円の損害が発生した。帳消しにしてほしければ i-phone を3台、被告人名義で1週間以内に契約してきて俺に渡せ」と詰め寄りました。

しばらくしても被告人が契約できなかったため、Xは被告人に対し今度は「被告人名義の銀行口座を作って預金通帳を2冊渡せ」と命令し、更に「もし逃げても俺の取り巻きの連中が追いかける」と言って脅しました。被告人はXが裏で悪いことをしていそうな人間ということを感じていてXが怖かったため、A銀行のB支店で1万円を入金して預金口座を開設しました。そして同時に預金通帳1冊とキャッシュカード1枚を受け取りました。被告人は、受け取った預金通帳1冊とキャッシュカード1枚をすぐにXに渡しました。(口座開設と即時に通帳とキャッシュカードを発行してくれる銀行があります)

A銀行では、被告人の住所宛に住所確認のための書面を郵便で送付しましたが、返送されてきませんでしたので、被告人の口座について注視していました。そして、被告人が口座を開設してから4日後、A銀行の別の支店のATMの防犯カメラで、Xが被告人名義のキャッシュカードを使って入金している画像が確認されました。

その後、Xは別件の車の名義関連の事件と、他人(被告人)の銀行口座名義使用の件で逮捕され、この逮捕に関連して被告人の銀行口座の譲渡が発覚し、被告人は銀行口座の不正譲渡により詐欺罪で逮捕・起訴されたものです。

被告人には、前科・前歴はなく、逮捕当時は結婚も考えていた彼女と同棲していました。


罪状認否

検察官の起訴状朗読の後、裁判長から被告人に対し黙秘権の通知の後、罪状認否が問われました。

被告人 間違いありません。

弁護人 被告人と同意見


冒頭陳述

検察官より事件の概要に記した内容が陳述され、検察側の証拠が申請されました。検察側が申請した証拠について、弁護側が全て同意したため、証拠調べが行われました。


弁護側証拠申請

弁護側は、情状証人として被告人の実父の証人訊問を申請し、検察側は「然るべく」としたため、証人訊問が始まりました。


証人訊問(被告人の実父 70代前半)

弁護人
被告人とはいつから連絡がとれていませんか。
証 人
音信不通は4年前からです。息子が妻との会話で、眠るところと食事を与えてほしいと言ってきたのを断ってからだと思います。

弁護人
事件の話はいつ知りましたか。
証 人
警察から息子がいないかとの電話があって、その後息子を逮捕したと電話がありました。

弁護人
その電話を聞いてどう思いましたか。そして警察に面会に行きましたか。
証 人
びっくりして信じられませんでした。2回面会に行きましたが、事件の事は詳しくは分かりませんでした。

弁護人
今後被告人の更生のためにどうしていこうと考えていますか。
証 人
住むところを実家に移して、妻とサポートしていきたいと考えています。彼女との関係もありますが、実家で同居させたいと思っています。そして、仕事は昼間の普通の仕事に就かせたいと考えています。実家を出たのも夜の仕事をしていたこともあります。

検察官
被告人が家を出てから、被告人と連絡をとろうとしましたか。
証 人
連絡をとろうとしましたが、息子の携帯電話の所在も不明になりましたので、警察に捜索願いを出しました。警察では成人を過ぎた人は捜索の対象にはならないと言われました。


被告人質問

弁護人
何故今回の犯行に及んだのですか。
被告人
生活に困っていて、その時丁度Xから依頼されたのと、Xから脅されたり騙された部分もあって、判断できなかったんです。

弁護人
何故銀行口座をつくって、通帳とカードをXに渡したのですか。
被告人
礼はするので、駐車場を私の名義で契約してほしいということで、3万円預かりました。ところが、その3万円の一部を私が飲み屋で使ってしまい、駐車場を契約できませんでした。Xから駐車場が使えず大きな損失が出たので、「私名義の i-phone を3台契約してくれば帳消しにしてやる」と言われましたが、これもできませんでした。結果的に、「私名義の銀行口座を作って、預金通帳とキャッシュカードを渡せ」と言われ口座を作ることになりました。Xからは、「もし逃げても俺の取り巻きの連中が追いかける」と言われ、Xが裏で悪いことをしていそうだとは感じていましたが、しかたなくやりました。

弁護人
Xは別件の車の名義関連の事件と、被告人の銀行口座名義使用の件で逮捕されていますが、名義貸しについてどう思いますか。
被告人
絶対にありえないことだと思います。

弁護人
事件当時、何故お父さんに相談しなかったのですか。
被告人
父に迷惑を掛けたくなかったので相談しませんでした。今後は相談します。

弁護人
実家と音信普通になった理由はなんですか。
被告人
理由は特にありません。

弁護人
お父さんに対して今の気持ちは?
被告人
反省とごめんなさいの気持ちでいっぱいです。そして感謝しています。

弁護人
今彼女と同棲していますが、今後はどうしようと考えていますか。
被告人
彼女とは結婚を考えていました。彼女には謝って、これから真面目に働いて結婚もしたいと思っています。

弁護人
社会復帰した時の仕事のあてはありますか。
被告人
勤めていた飲食店の社長が待ってくれていて、キャバクラのボーイとして使ってくれると言ってもらっています。

弁護人
今後Xのような人物と接点を持つことはありませんか。
被告人
今の店で何年もやって勉強しました。今は店の方でも客と接触しないようにしています。

弁護人
今後お金に困るようなことがあれば、今回と同様のことも考えられるが。
被告人
今後は給料は生活に充分な額をもらえます。これからは今回のようなことに巻き込まれないことを約束します。

検察官
事件当時は仕事をしていましたか。
被告人
バイトをしたりつないだりして、生活は苦しかったです。

検察官
今後生活が苦しくなったときはどうしますか。
被告人
親に相談しますし、そうならないようにします。

裁判長
キャバクラの客の知り合いはXだけですか。
被告人
Xだけです。

裁判長
キャバクラに戻ってもボーイでは以前と同じではありませんか。
被告人
店長を任される可能性もあると聞いています。

裁判長
お父さんは昼の仕事を希望されていますが。
被告人
昼の仕事に戻れるのであれば、視野にいれます。

裁判長
Xから通帳を作れと言われた時、犯罪に使われると分かっていたのですか。
被告人
分かっていました。


論告求刑

論 告
被告人の動機への酌量の余地はない。被告人は犯罪の可能性を認識していた。
一般予防の見地からも厳粛に処罰することで再発防止に繋げることが出来る。

求 刑
被告人に対し 懲役1年6月を求刑する。


弁護人最終弁論

被告人の犯行は、裏で悪いことをしているという噂のあるXに脅されて行った犯行で、やむを得ない状況が背景にありました。
被告人に前科・前歴はありません。
被告人には社会復帰への強い意欲があり、両親もサポートすると明言しています。
よって、執行猶予の付いた判決を希望します。


被告人最終陳述

いろいろな方々にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。今後二度とこういうことのないよう努めます。すみませんでした。


裁判の向こう側

今回の事件は、被告人が口座を開設した銀行を欺いて通帳とキャッシュカートを他人に譲渡したということで詐欺罪で起訴されました。銀行としては被告人が口座を開設した時点の取引規定で通帳やキャッシュカードを他人に使わせることを禁止しています。よって正当な理由なく他人に使わせたということで詐欺罪が成立したものです。

こんなややこしいこと関係なくても、他人のキャッシュカードを特殊詐欺に利用する犯罪者が社会にはびこっている現状を考えれば、他人に銀行口座を貸したり譲ったりすることは厳しく規制されるべきだと思います。

今回の事件で被告人は、脅されたとはいえ、安易な考えでキャッシュカードを譲ったことは断罪されるべきだと思います。被告人はしっかりと反省して、現在の優柔不断な姿勢を改めて二度と犯罪に手を染めることのないよう、他人からスキに付け込まれることの無いよう心してほしいと思います。

悪い奴らは、様々な手で我々のスキに付け込んできます。付き合いのある人でも、おやっと思うことがあれば、家族に相談するか、警察や役所に相談して被害を受けないよう、知らない内に他人に被害を与えることのないようにしましょう。

特に高齢者は狙われ易く、自分だけは大丈夫というように過信している人が多いように思います。余生を穏やかに過ごすためにも過信は捨てて、おやっと思うことがあれば誰かに相談するようにしましょう。

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