2020年3月5日木曜日

【裁判傍聴記】自分の車の後方で子供の自転車が転倒するのが見えましたが・・

被告人は、前方の信号が赤に変わっていたのに関わらず中型トラックで交差点に進入し、青信号で横断歩道を自転車で渡っていた13才の子供をはねました。事故後、被告人は被害者を救護せず、また警察へも通報せずに現場から走り去りました。

事故, 自転車
参考写真(Pexels)

罪 状 過失運転致傷、道交法違反(信号無視、救護義務違反、報告義務違反)
被告人 40代後半 男性
求 刑 懲役1年6月


事件の概要

被告人は、建設関係の会社で正社員として働いていました。事件当日、被告人は中型トラック(4tトラック)を運転して工事現場に向かって走行していました。被告人のトラックの後方には、後輩が工事現場で使う建設重機を運転して走行していました。

被告人は、事故現場となった交差点手前では時速40Kmで走行していました。交差点の手前40mの地点で前方の信号が黄から赤に変わったことを確認したため、何とか信号が赤・赤のうちに交差点を渡り切りたいとスピードを上げて交差点に進入しました。交差点に進入してすぐ、対角の信号が青に変わりましたので、自転車に乗った13才の子供が、横断歩道の左側から右側に向かって走り出てきました。被告人は「危ない」と思い、ハンドルを右に切って自転車をかわそうとしましたが、かわし切れずにトラックの後輪に自転車を巻き込んでしまい、自転車は転倒しました。

被告人は、音と衝撃がなかったので当たったかどうか分からなかったということですが、「自分の車の後方で自転車が転倒したのをバックミラーで見た」と証言しました。(事故を起こしたという認識はあったのです。)

事故後、被告人は「工事現場へ急いでいた」という理由で、被害者を救護することなく、また事故を警察に報告することもなく走り去りました。・・・ひき逃げ

この事故で、被害者の13才の子供は「肩の打撲」で全治1週間と診断され、3日間通院することとなりました。幸いなことに今回は被害者は軽傷ですんでいますが、事故の様相からは重症か、あるいは死亡事故となっていたことも想定できます。被害者はこの事故後「大きなトラックを見ると怖くなる」と供述しています。

被告人に前科・前歴はなく、逮捕されたのも今回が初めてのことでしたが、この事故で既に失効期間10年の免許取消の行政処分を受けています。また、被告人は勤めていた会社を自主退職しています。

被告人には、結婚して21年の妻と21才の息子、20才の娘がいます。

この事故の物損被害約9万円については、被告人の会社が弁済しており、人身被害については、車の任意保険で弁済すべく、現在保険会社が交渉しています。


証人尋問

弁護側情状証人として、被告人の妻が出廷しました。

弁護人
今回の事件のことを聞いて、どう思いましたか。
証 人
被告人のやったことは、2人の子供の親としてあまりに身勝手な行動でしたので、信じられませんでした。

弁護人
被害者に対しての思いは?
証 人
申し訳ない思いでいっぱいでした。

弁護人
被害者に対する謝罪は誰がされましたか。
証 人
私が被害者と保護者の方に直接お会いして謝罪したかったのですが、先方が会いたくないということでしたので、被害者のお母さんに電話で謝罪しました。

弁護人
そのとき、お母さんの様子はどうでしたか。
証 人
事故のことは息も出来ない思いだとおっしゃいました。今後一切、会う気もないし電話もしないでほしいと言われました。迷惑をおかけして申し訳ないとお伝えしました。

弁護人
被告人は保釈されていますが、保釈金は誰が用意しましたか。
証 人
被告人の母が用意しました。

弁護人
家に車は何台ありますか。
証 人
2台あります。1台は私が、もう1台は義母と息子が使用しています。鍵は被告人が使えないようにそれぞれが管理しています。スペアキーはありません。

弁護人
被告人が保釈後、家族で話し合いましたか。
証 人
話し合いました。被告人は人としてやってはならないことをしたという認識を全員で共有し、今後は被告人の更生を家族の皆で見守るということを話し合いました。

検察官
被告人は保釈後どうしていますか。
証 人
以前の会社は自主退職しましたので、現在求職中です。

検察官
被告人は保釈後、被害者に謝罪しましたか。
証 人
先方から拒否されていることもあって謝罪できていません。


被告人質問

弁護人
事故前の状況を教えてください。
被告人
後の現場検証で分かったのですが、交差点の手前40mのところで前方の信号が黄から赤に変わりました。その時の速度は時速40Kmでした。私は信号が赤・赤であれば渡れると思いスピードを上げて交差点に入りました。

弁護人
40mであればブレーキをかければ十分に止まれる距離ですね。何故赤信号で止まらなかったのですか。
被告人
現場に急いでいました。後輩の車が後ろから続いて来ていましたので、自分が先に現場に着いて現場の入り口に止めているユンボをどけてやらないと、後輩が現場に入れないという思いが先にたっていました。

弁護人
自転車に衝突したことは分からなかったのですか。
被告人
音と衝撃がなかったので、当たったかどうか分かりませんでした。自分のトラックの後方で自転車が転倒しているのは見ました。

弁護人
自転車が転倒しているのを見たのならば、何故止まらなかったですか。
被告人
今後の仕事のことを考えてしましました。事故を起こしたことで仕事がなくなると思いました。自分の身勝手な思いで申し訳ないと思っています。

弁護人
被害者は「大きなトラックを見ると怖くなる」と言っていますが、被害者の気持ちになったらどう思いますか。
被告人
ものすごく腹立たしいと思います。被害者は軽傷とはいえ、事故を起こしました。自分の身勝手な行動を反省しています。

弁護人
会社を自主退職したのは何故ですか。
被告人
会社に迷惑をかけたことと、10年間の失効期間の免許取消の行政処分を受けましたので
、建設業の会社で車を運転できないということは仕事ができないということですので退職しました。

弁護人
求職状況はどうですか。
被告人
企業の求職条件には、「要免許」が付いていますので、面接すら受けることができない状況が続いています。

検察官
交差点に進入したとき、前方の自転車を避けようとハンドルをきって右に急転回していますね。このとき自転車と接触したことは分かったのではないですか。
被告人
後から考えればそのとおりでした。

裁判長
普段から赤信号でも通過していたのですか。
被告人
事故のときは急いでいましたので、通過しました。

裁判長
赤信号で通過するときに危険だとは思わなかったのですか。
被告人
危険だと思いながら通過しました。

裁判長
事故を振り返ってどう思いますか。
被告人
二度とこんな事故を起こしたくありません。


論告求刑

論 告
事故の態様は危険で悪質である。
事故態様は、中型トラックのタイヤに巻き込まれる可能性もあったもので、重大事故に繋がりかねない危険なものであり、動機に酌量の余地はない。
事故後の態様も悪質である。

求 刑
懲役1年6月を求刑する。


弁護人最終弁論

事実認定については争いません。
今回の事故では、13才の子供が「肩の打撲」で全治1週間の傷を負っています。
被告人には考慮すべき情状があります。1つ目は被告人は1男1女の親でありながら、このようなことを犯したことについて反省しています。2つ目は前科・前歴はありません。
5年以内に交通違反歴もありません。
以上から執行猶予付きの判決を希望します。


被告人最終陳述

被害者の方に申し訳ない気持ちでいっぱいです。今回のことを踏まえて、職を探し、更生していきたいと思います。


裁判の向こう側

今回の事件の発端は、我々が普段車を運転していて犯しやすい信号無視です。前方の信号が黄色の場合は、「注意して進め」と解釈しているドライバーは多いと思います。また、赤信号でも堂々と交差点に入るドライバーも多いです。そういう安易な考えが今回の事件につながったということを我々は心して車を運転しなくてはならないと思います。「黄色信号は基本は停止です(停止位置を超えて進行してはならない)。ただし安全に停止できない場合は除くということです。」

信号無視、赤信号で交差点進入は、大津市で起きた園児死亡事故の原因でもあります。自分や家族が被害者とならないよう、また加害者とならないよう十分に心したいものです。

今回の事件では、事故後の「救護義務違反」と「事故報告義務違反」は、人としてのありようの問題だと思います。「ひき逃げ」は悪質な犯罪です。理由はどせあれ、1男1女の父親である被告人は、子供に顔向けできなかったことでしょう。厳に反省してもらいたいと思います。

今回の事件は、我々が車を運転していて紙一重で起こしそうな事件でした。肝に銘じて日々の車の運転に臨みたいと思います。

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