2019年8月31日土曜日

もう二度と留置場に入りたくないので犯罪はしません

被告人は、家電量販店のシェーバー売り場で、店員の目を盗んで陳列棚の下の引き出しからシェーバー他2点を抜き取り、カバンに詰めて店を出ました。店を出る際に店員がビデオで撮っていることに気付いていましたが、そのまま車に乗り逃走しました。その後店からの110番通報を受け附近の道路で検問していた警察官に職務質問を受け、このとき窃盗に加えて車の車検切れも発覚して現行犯逮捕となりました。

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罪 状 窃盗、道路交通法違反、道路運送車両法違反、自動車損害賠償保障法違反

被告人 50代前半 男性

求 刑 懲役2年

 事件の概要 


平成31年2月〇日、被告人はS県内の家電量販店に入店し、シェーバー売り場に向かい、陳列台の後ろでしゃがみ込み陳列棚の下の引き出しを開け、補充用に置いてあったシェーバー他2点(被害額合計25,100円)を自分のカバンに入れて金を払わずに店を出てました。

被告人は店員が自分のことをスマホで撮影していることに気付いていましたが、そのまま車に乗り駐車場を出ました。

被害にあった家電量販店は、すぐさま110番通報し犯人と車の特徴を伝え、この通報を受けた警察は道路に検問を張りました。ほどなく被告人は検問中の警察官の職務質問を受け、シェーバーの窃盗と合わせ、乗っていた車の車検切れと自賠責保険切れも発覚し、現行犯逮捕されました。

・シェーバー窃盗:窃盗罪(刑法第235条)
・無車検車両運転:道路交通法違反
・無車検車両運転:道路運送車両法違反
・無自賠責保険車両運転:自動車損害賠償保障法違反

被告人は、自身の車が平成30年3月で車検が切れ、自賠責保険も切れていることに気が付いていましたが、金がないので放置して2週間に1回程度1年間にわたり無車検で運転を続けていました。また車を修理に出した際、オートショップに対しては偽造した車検証を提示していました。

被告人は、当日川崎市内の知人の引越しを手伝うべく車で家を出発しましたが、途中手持ちの金が不足していることに気付き、途中のS県の家電量販店でシェーバーを窃取して、リサイクルショップで売って金にすることを思い立ち犯行に及んだものです。

当日被害に逢った家電量販店では、チェーン店本部から他の店での被告人による被害の情報が入っていました。「黒いスーツの男が来店してシェーバー売り場に向かったら注意して、万一犯行に及んだ場合には、カメラで撮影して証拠を確保のうえ警察に通報するように」との指示も届いていましたので、被告人の犯行に気付いた店員はスマホで撮影して警察に通報したのです。

被告人は、今回と同じチェーン店で働いていた経験があり店の内情に詳しかったため、平成30年6月頃から同じチェーンの他の店で、複数回にわたり同種の犯行を重ね、携帯電話を利用してのネットオークションを通じて盗品を転売しており、その数は111件に及びます。

被告人はA県の高校を卒業後、洋服店に勤め、その後職を転々として現在は自営でWebデザインの会社を立ち上げ生計を立てていました。最初の妻との間に娘がおり、離婚して元妻が引き取っています。また今の妻子とも別居しており、この事件を起こしたことで今の妻とも離婚することとなりました。

過去には無免許運転で執行猶予付きの判決を受けています。この無免許運転を含め、交通関係の違反が4件あります。

被告人のこれまでの人生に何があったのか、被告人質問でどのように語るのか興味があります。


 罪状認否 


被告人:起訴事実に間違いありません。
弁護人:被告人と同意見です。

その後、検察官の「冒頭陳述」、「証拠調べ」と進み「被告人質問」となります。


 被告欄質問 


弁護人
乗っていた車は平成29年9月に購入しているが、1年後に車検が切れることはしっていましたか。

被告人
1年後に車検を受けるつもりで買いましたが、息子の学費に金がかかり受けられませんでした。

弁護人
車の購入から3カ月後に仕事でも大きな出来事がありましたね。
被告人
契約社員として働いていた電機メーカーから雇止めになりました。

弁護人
その後どうしました。
被告人
以前メーカー専属で配置されていた家電量販店で窃盗するようになりました。

弁護人
今回、窃盗してすぐにリサイクルショップに行っているが、つかまることは考えなかったのか。
被告人
窃盗しているときも店員に見られている、マークされていることが分かっていました。店の外でスマホで撮影しているのも分かっていましたが、気が動転していて逃げました。

弁護人
警察官に職務質問を受けたときに「分かっているやろ」と言われましたね。
被告人
盗んだことを話しました。

弁護人
逮捕されたとき、今回以外の件も話しましたか。
被告人
自分の中では盗みはしたくなかったので、捕まった以上全て話そうと思いました。

弁護人
保釈金はどうやって準備しましたか。
被告人
Web会社のクライアントからの収入と、全国弁護士協会から保釈申請保証書を発行してもらい準備しました。

弁護人
保釈後、車検切れの車はどうしました。
被告人
知り合いの家の空きスペースに置かせてもらっています。車検を受けたら売却します。

弁護人
逮捕されたときは仕事がうまくいっていなかったのですか。
被告人
クライアントが2カ月間連絡がつかなくなっていました。今は取り引きを継続させてもらって、空いている時間をフルに使って仕事をしています。

弁護人
留置場に家族の面会はありましたか。
被告人
前妻との間の娘と弟が来て、今の妻と離婚が決定したと伝えられました。

弁護人
事件で迷惑をかけた人達は?
被告人
お世話になった企業、家族、元妻や息子、娘、親戚の全てから縁を切られました。

弁護人
逮捕前の借金を含めこれからどうしていきますか。
被告人
留置中の2カ月間の収入が止まっています。これから全ての時間働いて、収入にしていきます。

弁護人
今後犯罪をしないと誓えますか。
被告人
1月半の留置場の生活で人生がまるっきり変わりました。こんなことは二度とごめんです。二度と犯罪はしません。

検察官
金がなくて車検を受けられなかったのなら、運転しなくても良かったのでは?
被告人
妻に言っていませんでしたので、心配をかけたくありませんでした。

検察官
自賠責切れの車の運転の危険性は考えたら分かることでしょう。
被告人
今考えたら恐ろしいことですが、当時は軽く考えていました。

検察官
何故仕事が無くなったとき、働きに出ようと考えなかったのか。盗みを最終手段にしたことで他人に迷惑を掛けている。
被告人
自分の事業を一番に考えて、いつ仕事が入っても出来るように時間を空けておこうと思いました。妻とも金のことで口論が絶えず、妻は当時扶養の範囲内で働いていましたので、フルタイムで働いてくれるようお願いしましたが、いやだと言われました。返す言葉で「このままでは犯罪をしないといけない」とも言いました。

検察官
妻の責任にしているのですか。
被告人
そうではなく、それだけ逼迫していたということです。

検察官
今後も金のなくなることがあると思うが?
被告人
正直に言うしかないと思っています。

裁判長
平成30年6月頃から盗みを始めたというが、原因となった最初の100万円の借金は何ですか。
被告人
前妻との間の娘が、高校卒業後美容学校に入学したいと頼ってきたので、その入学金としてカードローン会社から融資を受けました。

裁判長
借金の件を誰かに相談しなかったのですか。
被告人
友人に話しはしましたが、結局前妻の実家に話して半分出してくれると言われました。

裁判長
借金当時は返済目途はあったのですか。
被告人
あったのですが、段々収入が減ってきて返却できなくなりました。

裁判長
最終的な借金はどうなっていますか。
被告人
現在も100万円残っています。融資先の支払いが滞っているもので、待ってもらうようお願いするつもりです。債務整理は考えていません。

裁判長
盗みを働いているとき抵抗感はありませんでしたか。
被告人
最初から最後まで、いやな気持ちは変わりませんでしたが、支払いの事が頭の中からぬけませんでした。


 論告求刑 


論 告
被告人は、収入の穴埋めのために1年近くにわたって盗みを働いており、安易かつ短絡的な犯行で酌量の余地はない。
常習性もあり、手慣れた手口で規範意識が鈍磨していると言わざるを得ないため、厳しく処罰する必要がある。

求 刑
被告人に懲役2年を求刑する。


 弁護人最終弁論 


起訴事実は争いませんが、執行猶予付きの判決を求めます。
被告人は逮捕後、余罪も全て供述し、捜査に協力しています。
被告人には酌むべき事情があります。


 被告人最終陳述 


関係者の皆様に多大な迷惑をかけて申し訳ありません。
反省しています。


 裁判の向う側 


今回の事件は、被告人の自業自得と言わざるを得ない事件ではありますけれど、契約社員の雇止めの話や、家電量販店へのメーカーからの専属派遣の話もあり、今の労働環境を反映している事件という一面を持っています。誰でもこういう環境になり得る要素を持っているということです。もちろんそうなった時にどう対処するのかが大事なことですが。

なお、被告人が契約社員の雇止めを受けた電機メーカーは大手ではありますが、近年は業績不振が続き数年前に正規社員のリストラも行っている会社です。

また、家電量販店へのメーカーからの専属派遣については、いっとき偽装請負として問題になった内容です。

もう一つ被告人にとって問題と思われるのは、妻との関係です。本音で物を言える関係ではなかったのではと思います。家庭内で妻と金の話をするのは当然で、解決に向けて二人が前向きに話し合うことなくして家庭はありえないでしょう。これも誰でも陥りやすい問題ではないでしょうか。

他人事ではない問題として、この事件をとらえてみたいと思いました。










































































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