2019年8月10日土曜日

被害者は左上下肢切断となる重大事故「過失運転致傷」【裁判傍聴記】

被告人は、信号のある交差点を信号青で左折で進入しましたが、その横断歩道を同様に進む自転車に気付かず左折走行したため、自転車を巻き込み自転車に乗っていた女性をトラックの左後輪で轢いて、女性の左上下肢切断の重症を負わせました。女性はこの他にも障害の残る症状を負っています。

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資料画像(by Pixabay)

罪 状:過失運転致傷
被告人:50代後半 男性
求 刑:懲役1年6月

 事件の概要 

平成30年8月〇日午前9時過ぎ、被告人は大型トラックを運転し、信号のある交差点の手前で左折レーンに入り、交差点の赤信号で停止しました。その後信号が青になりましたので交差点内を時速約15Kmで左折進行を開始しました。

車道用の信号が青になったのと同時に歩行者用信号も青になりましたので、赤信号で停止していた60代の女性が乗った自転車も、交差点を手前から向う側へ渡るために進行を開始しました。

被告人は、事故直前に対向側の右折車が割り込んで右折してきたため、一旦はこれをいなしました。
ところが、交差点の左折対向側の右折レーンで停止していた軽トラックが停止線をはみ出して停止していたので、自車が曲がり切れるかなと思いつつ進んだため、トラックの左側の内外輪差への注意がおろそかになったこともあり、60代の女性が乗った自転車が横断歩道を進行しているのに気が付きませんでした。

その直後、被告人の運転する大型トラックの左後輪が60代の女性の乗った自転車の左前部を巻き込み、60代の女性は自転車とともに左側に転倒し、トラックの後輪で押し潰された自転車の下敷きになりました。

この事故を目撃していた女性が119番通報、110番通報を行い、被害者は間もなく到着した救急車により救急搬送されました。その後被告人は駆け付けた警察官により「過失運転致傷」の疑いで現行犯逮捕されました。

救急搬送された病院で診断の結果、被害女性は左側の上下肢は切断・断裂、第一腰椎破裂骨折という重症で、肢体に障害が残るという重大な症状となりました。

被告人は、岐阜県の高校を卒業後、工員として働いたのち岐阜県の運送会社でトラック運転手として働いており、現在は両親と妻の4人で暮らしています。

被告人の違反歴は、免許取得から30年間のうち平成28年の1件のみです。

事故当日、被告人は岐阜県の会社を深夜に出発し、滋賀県の客先まで大型トラックで荷物を配送し、更に京都南部の次の客先までトラックを回送して、荷物を積み込み岐阜県の会社へ戻る予定でした。事故は滋賀県の客先を出て京都南部の客先までの回送途中に起こしたものでした。

被告人は本来どのようにこの交差点を左折すべきだったのでしょう。道交法では自動車は横断歩道を通行する歩行者・自転車の通行をさまたげてはならないと定めています。
自動車が左折を開始しても横断歩道を通行する、あるいは通行しようとしている歩行者・自転車を認めた場合は、自動車は横断歩道の手前で一旦停止して、先に通行させてから横断歩道に侵入しなければなりません。

今回の事故で、被告人は横断歩道手前で歩行者・自転車の確認を怠り、また横断歩道手前での一旦停止も怠りました。割り込んできた右折車、停止線を越えていた軽トラックの存在もあったかも知れませんが、プロのトラック運転手が当然なすべきことを怠って運転したということです。

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 罪状認否 

被告人:起訴状のとおりです。

弁護人:被告人と同意見です。


 冒頭陳述 

検察官が「事件の概要」記載の内容を陳述し、証拠調べを申請し、弁護人は全て同意しましたので、検察側の証拠調べに入りました。


 証拠調べ 

検察側証拠の一部として、被害者の供述調書の一部が読み上げられました。

【被害者供述調書】
「横断歩道を青で渡っていたのに、左手・左足を切断された。加害者には厳重処罰を望みます。普通の生活を返してほしい。立つことができないことが心配です。夫も高齢です。
主人は入院中に義足と義手を用意すると言っていますが、今後車椅子生活で生活が一変するのが心配です。被告人には罪を償ってほしい。」


 弁護側証拠申請 

弁護人は書証と情状証人訊問申請を行い、検察側が同意しましたので弁護側証拠調べに入りました。

書証:
1.被告人の勤務先の上申書
2.勤務先の会社が入っていた任意保険明細書 人身事故無制限


 弁護側情状証人訊問 

弁護側情状証人として、被告人の妻が出廷しました。

弁護人
被害者の症状を聞いてどう思った?
証 人
言葉がありませんでした。被害者の方と被害者の家族の方にに申し訳ないです。

弁護人
普段の被告人の車の運転は?
証 人
普段から気をつけていました。煽りもありません。

弁護人
被告人の事故後の様子は?
証 人
事故以降、ずっと会話がありませんでした。主人は「申し訳ない」「申し訳ない」で声をかけられません。

弁護人
事故で免許取り消しになっているが、再取得については?
証 人
こんな大きな事故を起こしたから、もう取ってほしくないです。夫婦の会話がないです。

弁護人
被害者に対しては?
証 人
申し訳ないだけです。言葉がないです。

検察官
被告人は、被害者に謝罪と誠意を示したということを話しているか?
証 人
会話がないです。ごめんなさい。

裁判長
被告人に対する気持ちは?
証 人
「・・・・・・」(嗚咽で聞き取れませんでした。)


 被告人質問 

弁護人
被告人の職業ドライバー歴、大型トラック歴は?
被告人
職業ドライバー30年、大型トラック25年です。

弁護人
事故・違反は?
被告人
事故はありません。違反は30年間で平成28年の違反1件のみです。

弁護人
勤務状況と会社の安全教育は?
被告人
毎日始業点検後出庫します。会社は月1回安全教育を実施してくれます。

弁護人
普段仕事での注意点は?
被告人
側道から出ようとする歩行者を見かけたら一旦停止です。

弁護人
事故当日の出庫は?
被告人
夜中の2時頃です。

弁護人
早く出るというのは普段からあるのか?当日体調不良は?
被告人
普段からよくあります。体調不良はありませんでした。

弁護人
事故当時の状況は?
被告人
信号待ちは2台目でした。妻との携帯を切った時点で信号が変わりました。そして前方の車の対向車が右折で割り込んできましたので、いなしてから左折しました。内輪差と右折待ちの軽トラックが停止線を大分越えていたので、曲がり切れるかどうか気になっていたので横断歩道を確認しないまま進行していきました。

弁護人
交差点では普段から横断歩道を気にせず進むのか?
被告人
普段は人がいないか、自転車がいないか確認して進みます。

弁護人
普段できていることが何故できなかった?信号待ちしている時に分かっていたはず、普段も見ていないのでは?
被告人
対向車、軽トラに気をとられていました。自転車2台は交差点に差し掛かる時に見ていました。あの時ちゃんとミラーを確認しとけばよかったです。

弁護人
どの地点でひいたと分かった?
被告人
叫び声が聞こえました。自分がひいたとは分かりませんでした。

弁護人
110番できたか?
被告人
頭が真っ白になっていてできませんでした。横断歩道で女性が110番電話しているのが聞こえました。

弁護人
被害者への謝罪は?
被告人
会社の専務と一緒に誤りに行きました。土下座しました。被害者の方からは「あなたの顔は見たくない。手と足を返してくれ。」と言われました。
弁護士から被害者のところへ直接行くなと言われましたので、被害者宛に手紙を書きました。「僕の不注意からこのような事故を起こして申し訳ありません。」被害者からの反応はありませんでした。

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弁護人
会社からは?
被告人
社長から「大変な事をやってくれたな。」と言われましたが、今も内勤で使ってもらっています。今は徒歩で30分かけて通勤しています。

弁護人
被害者に対する気持ちは?免許はどうする?
被告人
大変申し訳なく思っています。出来ることなら自分の手と足を相手の人に渡したいです。
相手の方のご主人は高齢で、ご家族にも大変申し訳なく思っています。
免許の再取得はしません。
被害者の方には保険で対応できない場合は、自分で対応できる範囲ででき限り対応していきます。

検察官
事故直前の奥さんとの電話は急用だったのか?
被告人
歯磨き粉の話で、急用ではありません。

検察官
大型トラックの事故が悲惨な結果を生むことを理解していたのか?
被告人
理解していました。

検察官
携帯で話しをしていないで、交差点に入る前に横断歩道の状況をチェックしておくべきではなかったのか?
被告人
そのとおりです。横断歩道で事故を起こした責任は大きいです。

裁判長
被害者は永遠にに苦しむことになる。
被告人
自分の起こした事故により辛い思いをさせ申し訳ありません。

裁判長
あなたの奥さんに対しては?
被告人
辛い思いさせて申し訳なく思っています。


 論告求刑 

論 告
被告人は交差点での安全確認が不充分なまま、漫然と進行したものであり、基本的な注意義務違反を犯しており、悪質な事故である。
被害者は一瞬にして左上下肢をなくすという重大な事故である。

求 刑
被告人に懲役1年6月を求刑する。


 弁護人最終弁論 

執行猶予付きの判決を求めます。
被告人は申し開きのない事故をおこしており、日々お詫びの気持ちで暮らしている。
このような被告人に再犯の恐れはありません。


 被告人最終陳述 

大変申し訳なく思っています。


 裁判の向う側 

被告人はプロドライバーとして30年間無事故で運転してきて、一瞬の気の緩みで被害者に取り返しのつかない傷を負わせてしまいました。裁判の証人訊問や被告人質問を聞く中で被告人が真面目な人物で真摯に反省していることも分かりました。

しかし、被告人はプロの大型トラックのドライバーです。プロでなければ怠っていいというものでは当然ありませんが、プロは余計に横断歩道で当然なすべきことを怠ってはダメでしょう。

この事故の事例は業務上で車、特にトラック・ダンプカーを運転する人への安全運転教育の教材として使用して、悲惨な事故への啓発に活用してはどうでしょう。

被告人とその奥さんは一生償いの日々となり、心の傷がついて廻るでしょうが、できる限り前を向いて生きていってほしいと思います。

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