被告人:30代後半男性
求 刑:懲役5年
判 決:懲役3年8月
未決勾留期間130日を刑期に算入する。
事件の概要
被告人は平成30年8月〇日、勤めていた会社のキャッシュカードを無断で持ち出し、銀行のATMで午後3時頃から11回に亘って現金を引き出し、計730万円を窃取しました。キャッシュカードの暗証番号は会社の業務上のみで使用するものとして、会社の社長が被告人を信頼して被告人のみに教えてくれていたものでした。
被告人は大学時代に友人に勧められて始めた競馬に病み付きになり、親戚などからの借金は膨らみ2千万円になっていました。
被告人は2千万円の借金の返済と生活費の穴埋めを競馬の当選金で充てようと考え、窃取した現金全てを競馬の馬券購入にあてました。結果は見事に全て外れました。
その後も被告人は平成30年11月×日、前回と同様の手口で会社のキャッシュカードを無断で持ち出し、銀行のATMで現金100万円を窃取しました。
また、その3日後の平成30年11月△日にも同様の手口で会社のキャッシューカードを無断で持ち出し、銀行のATMで2回に亘って現金計160万円を窃取しました。
この間に同様の手口で会社のキャッシュカードで窃取した金額は合計990万円になりました。
平成30年12月▽日、不正がバレてどうしようもなくなると思い、最後の馬券を買いましたがこれも外れましたので、その3日後に自身が住んでいた部屋のテーブルの上に、無断で持ち出したキャッシュカードと会社の社長へ宛てた謝罪の書置きと被害金の一部返済とすべく5万円を入れた封筒を置いて姿をくらましました。
被告人は、起訴されていないものの、このキャッシュカードによる窃盗とは別に、社長から信頼されて新しい部署を新設してまで任されていた顧客との契約業務において、禁止されていた契約金の現金授受を社長に無断で行ったうえ受け取った現金も競馬につぎ込んでおり、その被害額は500
万円に上ります。
結局、被告人が会社に与えた損害は、合計1500万円となります。
被告人には離婚歴があり、前妻との間に子供が3人います。
なお、被告人が当時勤めキャッシュカードで現金を窃取していた会社は、一時倒産の危機に直面していました。社長は信頼していた被告人に裏切られたことで、警察への事情聴取で被告人を厳罰に処してくれることを希望すると供述しています。
弁護側証拠
1.社長への謝罪の気持ちを綴った手紙
2.ギャンブル依存症の症状の紹介書面
3.ギャンブル依存症の自助団体「ギャンブラーズアノニマス」の紹介書面
4.被告人の反省文
「社長に多大な迷惑を掛け、取り返しのつかないことをしました。今後は逃げずに誠実に対応させていただきます。自分のギャンブル依存は病気ではないと思っていました。私はギャンブル依存症です。最後に子供たちにすまないと思っています。」
被告人質問
弁護人
今どのように考えているか?
被告人
信頼していただいた社長を裏切り、申し訳なく思っています。社長には経済的なことはもちろん、精神的にも迷惑をかけました。
弁護人
今後どのように償うのか?
被告人
心からの謝罪と盗んだ金の返済をします。
弁護人
一連の原因は?
被告人
今の会社に再就職して、前の会社よりも給料が下がったので競馬であてて金を増やそうとしし借金しました。競馬での損をさらに競馬で取り返そうとして、今まで競馬で使った金は数千万円です。
弁護人
弁護人が貸した「やめられない」というギャンブル依存症の本を読んで、自分がギャンブル依存症と認めざるを得ないと思った?
被告人
本の内容は、ほぼ全て自分にあてはまると思いました。自分はギャンブル依存症だと思いました。
弁護人
競馬はいつから?
被告人
大学1年の時に友達に勧められ始めました。結婚した時はやめていましたが、結婚して5~6年して再度始めました。
弁護人
何故、再度競馬を始めた?
被告人
2014年頃、以前勤めていた会社が営業停止となった。当時子供も3人で生活費がぎりぎりで借金したが、これを補填しようとして競馬を始めた。
弁護人
社長に与えた損害額は?
被告人
起訴されていないものも合わせると1500万円くらいです。
弁護人
起訴されていないものは検察官には話しているのか?
被告人
話しています。
弁護人
原因はギャンブル依存症として、治療への覚悟はできているのか?
被告人
覚悟しています。
弁護人
社会復帰後はどうするつもりか?
被告人
知り合いのサービス業の社長に声を掛けてもらっているので、そちらで金を扱わない仕事でお世話になろうと思っています。
弁護人
迷惑をかけた社長や、借金している人への返済は?
被告人
まずは社長に謝罪をして、月5万円ずつ返済していきたいと思っています。他の人へも働いて返します。
検察官
今回の事件発覚後にギャンブル依存症と思ったのか?
被告人
薄々感じていたが、「やめられない」という本を全て自分にあてはまった。
検察官
ギャンブルは負ける確率の方が高いということは分からなかったのか? ギャンブルが危険ということを理解していたか?
被告人
勝てると思わないと精神がもたなかったのです。
検察官
前の奥さんに金が無いということを何故言わなかったのか?
被告人
見栄です。
検察官
社会復帰後、月5万円ずつ返済することは楽ではない。
被告人
楽ではありませんが、やらなければならないと思っています。
検察官
自分の行動で会社が倒産するとは思わなかったか?
被告人
倒産までは考えませんでした。
裁判長
被告人質問が始まる直前に涙を流したのは?
被告人
子供のことを言われたので。
裁判長
子供の誕生日は気が気でなかったのでは? しかし窃盗した金で誕生日のプレゼントをしても子供は喜ばない。
被告人
分かっています。
裁判長
社長から信頼されて新しい部署を新設してまで任されたのは、被告人の能力を認めていたからこそ。それだけ信頼されていた能力を社会で活かすようにしなさい。
論告・求刑
論 告
被告人は無計画な借金を繰り返した結果、借金が膨らんだためこれを返済するため競馬であてて返そうと馬券購入費用にと勤めていた会社の金をATMで窃取した。
被害金額は990万円にのぼり、勤めていた会社の社長は厳罰を望むと供述している。
被害金額は起訴外も含め多額となり、別の借金の返済も合わせると膨大な金額になる。
被告人の犯行は常習性があり、再犯の可能性は高い。
求 刑
懲役5年
弁護人最終弁論
被告人は以前は真面目に働いていた。
2014年に前に勤めていた会社の営業停止から生活が苦しくなり、借金をしてこの返済のために競馬を再開した。これがきっかけでギャンブル依存症となり今回の窃盗に至ったが、被告人は自身がギャンブル依存症であることを認め、これを治療することを誓っている。よって再犯の可能性は低い。
逮捕されて以降長期に亘って留置場で勾留されており、一定の制裁を受けている。
執行猶予付きの判決を希望する。
被告人最終陳述
今後このような犯罪は犯さないと誓います。
判 決
主 文
被告人を懲役3年8月に処す。
未決勾留日数130日をこの刑期に算入する。
量刑理由
キャッシュカードを無断で持ち出し、常習的に現金を窃取して、被害金額は990万円と多額である。
信頼されていた社長の信頼を裏切った行為も断罪されるべきものである。
しかし、5万円と少額であるが一部返済しており、社会復帰後も分割して返済すると申し出ていること、自身がギャンブル依存症であると認め治療を続けることなどの被告人に有利な情状は理解しているので、寛大な刑としたつもりである。
裁判の向う側
ギャンブルの怖さ、ギャンブル依存してしまうことの怖さをまじまじと感じる事件でした。被告人は前に努めていた会社が営業停止となって収入が減ったことからの借金、これを返済するために競馬を再開してしまったことが始まりと言いましたが、実は大学1年の時に競馬をやってしまったことが始まりではないでしょうか。
どんなギャンブルでも一緒です。負けもありますが勝つときもあるんです。この勝ちの味を忘れられずトータルでは負けていると分かっていても賭けてしまうんですね。
きっと被告人も勝ちの味が忘れられずに競馬にのめりこんでいったのでしょう。
最近テレビで中央競馬会が人気の若手俳優を使って競馬のコマーシャルを盛んに流しています。このコマーシャルは中高生、大学生も見ます。今回の事件のようなギャンブルの怖さを知らない若い世代が軽い気持ちで競馬の世界にのめり込んだらどうなるか。結果は火を見るより明らかです。
この件は競艇でも同様です。こちらも若い人気のあるタレントを使い盛んにテレビコマーシャルを流しています。
競馬も競艇も目先の営業だけを考えずにコマーシャルを流してほしいものです。このコマーシャルを流している放送局もしかりです。若い世代がギャンブルに依存しないことを祈ります。
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