2019年5月21日火曜日

【裁判傍聴記】被告人には酌むべき事情がある

被告人は当時60代後半の父親の介護をしながら、A市の閑静な住宅街の中の戸建て住宅で2人で暮らしていました。事件当日も布団で横になっている父親に被告人が作った食事を食べさせようとしましたが、父親が食事を食べようとせず、暴言を吐いたため、かっとなって仰向けに寝ている父親の胸を踏みつけました。その結果、父親の肋骨は骨折し、呼吸不全と出血性ショックで死亡しました。
裁判長は判決の量刑説明の中で、「被告人には酌むべき事情がある」と告げました。



罪 状 傷害致死罪
被告人 30代前半 男性
求 刑 懲役5年 
判 決 懲役3年 執行猶予5年


 事件の概要 

平成30年2月〇日、被告人は当時60代後半の父親の介護をしながら、A市の閑静な住宅街の中の戸建て住宅で2人で暮らしていました。事件当日も布団で横になっている父親に被告人が作った食事を食べさせようとしましたが、父親が食事を食べようとせず、暴言を吐いたため、かっとなって仰向けに寝ている父親の胸を踏みつけました。その結果、父親の肋骨は骨折し、呼吸不全と出血性ショックで死亡しました。

事件後被告人は、自ら「父の意識がない」と119番通報し、搬送された病院で父親の死亡が確認されました。死因に不審な点があるとして警察が捜査した結果、被告人が犯行を認めたため傷害致死の疑いで逮捕されたものです。

被害者である父親は、元警察官でしたが酒癖が悪く、酔うと暴力を振るうため、母親とは定年前に離婚していました。被告人はB市で働いていましたが、父親が定年後病気を患い徐々に悪化していったため、父親の住む家に同居し、やがて勤めも辞めて介護に専念するようになりました。父親がほぼ寝たきりになってからは、食事の世話や掃除・洗濯だけでなく、下の世話や、体を濡れタオルでふくなど、ほぼ付きっ切りで介護しているような状況でした。

被告人には、前科・前歴はありません。


 弁護側証人尋問 

被告人の姉が情状証人として出廷しました。

弁護人
あなたは現在どちらに住んでいますか。
証 人
最近結婚して、関東地方のC市に住んでいます。

弁護人
あなたは現在働いていますか。
証 人
看護師として働いています。

弁護人
被告人が父親を介護していることを知っていましたか。
証 人
被告人から聞いて知っていましたが、これだけ厳しい状況になっていることは知りませんでした。

弁護人
被告人から、介護について相談を受けたことはありますか。
証 人
電話で相談されたことはありますが、そんなに深い相談ではありませんでした。

弁護人
被告人が社会に復帰した時、あなたは被告人にどのように対応できますか。
証 人
しっかりと話を聞き、相談できるようにしたいと考えています。
主人も理解してくれています。
 

 被告人質問 

(速記録ではありませんので、メモと記憶で書いていますのでよろしくお願いします。)

弁護人
お父さんの介護の状況について、廻りに相談しなかったのですか。
被告人
相談するということが、分かりませんでした。

弁護人
お姉さんに相談しなかったのですか。
被告人
姉にも相談するということ自体、分かりませんでした。

弁護人
事件前は、お父さんはどういう状況でしたか。
被告人
数日前から、我儘を言ってなかなか言うことを聞いてくれないような状況でした。

弁護人
事件当日、お父さんはどういう状況でしたか。
被告人
自分が作った食事を食べさせようとしましたが、食べてくれませんでした。それでも食べてもらわないと、身体のためにならないと思い食べさせようとしましたが、今度は暴言を吐いて拒否しました。

弁護人
その後あなたはどうしましたか。
被告人
日頃のイラつきでかっとなってしまい、踏みつけてしまいました。

弁護人
今現在、あなたはお父さんに対してどういう思いですか。
被告人
大変ひどいことをして、申し訳ない・すまない気持ちで一杯です。


 論告求刑 

求刑 懲役5年


 弁護人最終弁論 

執行猶予付きの判決をお願いします。


 判 決 

主 文
懲役3年 執行猶予5年

理 由
短絡的な犯行であるが、被告人は反省しており、犯行当時は介護の現状について、周囲から適切な助言が得られない中での犯行で、被告人には酌むべき事情がある。


 裁判の向う側 

今回の事件で、被告人が短絡的に父親を踏みつけ、死に至らしめたことは断罪に値する行為です。これは誰が何といっても許されざることだと思います。被告人はこの後の人生を
贖罪とともに過ごす必要があるのではないでしょうか。

しかし、今回の事件は裁判長が判決理由で述べたように、被告人には組むべき事情があると思います。毎日の過酷な父親に対する介護の生活のなかで、誰かに相談することもできず日々鬱屈した生活を送っていたことは、同情するに余りあります。

この介護の問題は、要介護者と介護の関係にある全ての親族の人々に共通する課題であると思います。介護する親族の人々は何なりかの犠牲を負っています。それを本人達は犠牲
とは決して口には出しません。以前タレントの清水由貴子さんは母親の介護疲れから自らの命を絶ちました。

この問題は個人が解決すべき問題でしょうか。行政やメディアも介護が個人の問題かのようにとらえているように思います。超高齢化社会の日本の社会でこれは避けては通れない問題です。行政やメディアが早期にこの問題を課題としてとらえていただき、少しでも良い方向に向かうことを希望する次第です。

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