2019年5月22日水曜日

【裁判傍聴記】被害者と家族の皆さんには申し訳ございません

被告人は信号機のない交差点に差し掛かる手前で、考え事をしながら交差点を通過しようとしていましたが、ちょうどその時、被害者(84才男性)が自転車に乗って、その交差点の左側から進入して交差点を左折しようとしました。被告人は被害者の自転車に気付かず、に交差点に進入したため、被告人車両の左前部がノーブレーキで自転車の後方に追突し、被害者は衝撃で跳ね上げられました。
被害者は、脳挫傷、右肩骨折、肋骨骨折等で全治不明となり、病院に入院して治療を続けましたが、後遺症が残りました。

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資料画像(by Pixabay)

罪 状 過失運転致傷
被告人 30代後半 男性
求 刑 禁固1年4月 


 事件の概要 

平成29年6月〇日、被告人は仕事での移動中、A市内の周囲に田園風景が広がる見通しの良い道路を、社有車を時速50Kmで走行させていました。

被告人は信号機のない交差点に差し掛かる手前で、右前方方向に鉄工所と思われる建物がありましたので、その建物に視線を向けて考え事をしながら交差点を通過しようとしました。

ちょうどその時、被害者(84才男性)が自転車に乗って、その交差点の左側から進入して交差点を左折しようとしているところでした。

被告人はその時、右前方方向に視線を向けていましたので、被害者の自転車に気付かず、に交差点に進入したため、被告人車両の左前部がノーブレーキで自転車の後方に追突し、被害者は衝撃で跳ね上げられました。

被告人は追突に気付き、急ブレーキをふみましたが、時すでに遅く、被害者は道路上に横たわっていました。被告人は被害者の状況を確認後、すぐさま救急と警察に通報し、その後被害者は到着した救急車で最寄の病院に搬送されました。

病院での被害者に対する診断は、脳挫傷、右肩骨折、肋骨骨折等で全治不明とのことでした。病院に入院して治療を続けましたが、後遺症が残りました。

被害者は、事故から9ケ月後、入院先の病院で亡くなりました。死因は呼吸器不全でした。

事故後の警察の実況見分の結果、事故の原因は被告人の安全確認不充分(前方不注視)と
判定されました。

被告人は、高校卒業した後に8年前に現在の会社に入社し、仕事に必要な特殊な資格も取得していました。自動車運転免許は平成13年に取得しています。
被告人は、妻と子供2人の4人家族で生活していました。

被告人に前科・前歴はありません。交通前歴もありません。


 被告人認否陳述 

被告人 起訴状のとおり間違いありません。

弁護人 被告人と同意見です。


 検察官冒頭陳述 

検察官が、事件の概要に記載の内容について、事故見分調書、目撃者の証言調書などの証拠申請を行いました。

これに対して、弁護人は検察側の証拠申請を全て同意しましたので、証拠調べに入ります。

 検察側証拠調べ 

目撃者の証言
自動車が人を跳ね上げて急ブレーキをかけた。

被害者家族の証言
被告人から事故後1ケ月は、毎日被害者の容態の確認の電話があったが、その後は連絡もない。法に照らして厳正な処分を求める。


 弁護人証拠請求 

弁護人から、被害者との損害賠償交渉についての状況の証拠と、被告人の会社の社長を情状証人として申請しました。

これに対して、検察官は損害賠償交渉の証拠については同意、証人申請は「然るべく」とのことでしたので、いずれも採用して取り調べることとなりました。


 弁護側証拠調べ 

事故車両が対人無制限の任意保険に加入していましたので、被害者と保険会社の現在の交渉状況について陳述されました。
治療費150万円、損害賠償と慰謝料で1800万円で交渉中と示されました。


 弁護側情状証人尋問 

証人は被告人が勤める会社の社長で、本社は大阪にあり、被告人は滋賀営業所の所属。

弁護人
従業員の事故と聞いてどうしましたか。
証 人
翌日に被告人とともに、被害者が入院する病院に見舞いに行きました。
被害者が亡くなられた際には、滋賀営業所長、被告人と3人で告別式に参列しました。

弁護人
事故の原因を聞いていますか。
証 人
被告人の前方不注視と聞いています。

弁護人
この事故を受けて会社としての対応は
証 人
全社的に交通安全対応するよう指示しました。
事故の翌日には全社員に向けて、メールで今回の事故の速報と注意喚起を行いました。
企画会議でも、交通安全について指示しました。

弁護人
会社の業務で社有車は必要です。
証 人
業務上、現場移動に必要で、全社に350台社有車を保有しています。
今回の事故を受けて、350台全てにドライブレコーダーを取り付けて注意喚起しました。
従前から社有車全台は任意保険に加入しており、対人賠償は無制限にしています。

弁護人
被告人の勤務態度は?
証 人
真面目で仕事もしっかりやってくれています。現場へ出向いての仕事ですので、社有車は必要です。

弁護人
今後も全従業員に有効な安全運転指導を行うと誓ってもらえますか。最後に被害者に言っておきたいことはありますか。
証 人
誓います。
被害者とそのご家族の皆様には大変申し訳ないという思いでいっぱいです。

検察官
被告人の普段の運転に乱暴なところはありますか。
証 人
ありません。

検察官
仕事に資格は必要ですか。
証 人
特殊な資格が必要で、被告人は持っています。

検察官
業務1人で行うのですか。
証 人
基本的に1人で行います。

検察官
事故後はどうしていましたか。
証 人
事故で免停になりましたので、免停中は2人で現場に行かせていました。
現在は1人で現場に出ています。


 被告人質問 

弁護人
事故の原因は前方不注視で間違いない。
被告人
間違いありません。

弁護人
追突時の速度は法定速度の時速50Kmでしたか。
被告人
時速50Kmでした。

弁護人
何故右前方の鉄工所に脇見していたのですか。
被告人
鉄工所の建物を見て、仕事をさせてもらえないか、営業できないかと考えていました。

弁護人
追突にいつ気付きましたか。
被告人
ドーンという音で気付きました。

弁護人
被害者は脳挫傷から寝たきりになり9ケ月後に亡くなられました。被害者に対しての気持ちは?
被告人
申し訳ない、ご家族にも申し訳ないです。

弁護人
被害者への見舞いはどうでした。
被告人
事故後1週間は毎日病院に見舞いに行きました。1週間後に面会謝絶になりましたので、その後2ケ月間毎日、長男の方に電話で容態を確認していましたが、容態は変わらないとのことでした。電話では厳しいお言葉もいただきました。
9月に見舞いに行くために連絡を入れたところ、転院されるということで、あまり歓迎されないような感じで、自分もおっくうになったので、そこからは連絡していません。
保険会社からは3ケ月に1回連絡がありましたので、それで確認していましたが、被害者の方が亡くなられたと聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、告別式に行こうと思い、参列して焼香もさせてもらいました。

弁護人
社有車の運転中で車には対人無制限の任意保険に加入していましたが、あなたに対する処分と現在の状況は?
被告人
30日間の免停の行政処分がありました。免停解除後は、運転を再開しています。安全運転に充分心がけています。現時点で事故はありません。

弁護人
本法廷で社長も出廷して、証言してもらいました。どういう思いですか。
被告人
とてもありがたいと思っています。

弁護人
あなたの子供さんはいくつですか。奥さんは手に職をお持ちだそうですが、現在は家庭に入られていますね。
被告人
子供は長男が8才で長女が4才です。家内は外へ仕事に出られる状況ではありません。

弁護人
判決の結果、あなたが服役する可能性もありますが?
被告人
服役すると家族の生活は立ち行かなくなるかも知れませんが、家内ともども覚悟は出来ています。

検察官
事故原因の具体的に内容は?
被告人
鉄工所を見ての脇見です。

検察官
事故の前にも脇見運転していたのではないですか。
被告人
今回だけです。脇見はしたかも知れません。

検察官
仕事熱心なあまり脇見したということでしたが、今後も仕事に夢中で脇見をするのではないですか。
被告人
事故をおこしたので、絶対脇見はしません。

裁判長
被害者の死亡原因は?
被告人
呼吸器不全と聞いていますが、なぜ呼吸器不全になったのかは聞いていません。
裁判長
保険会社の進捗状況は?
被告人
残債の話をしていると聞いています。


 論告求刑 

禁固1年4月


 弁護人最終弁論 

会社は社有車に任意保険に加入していました。
被告人は反省をしています。
事故後、被告人は被害者を救護しつつ救急・警察に通報しています。
被告人は真面目で、会社も二度と事故を起こさないよう指導すると誓っています。
被告人が服役すると家族の生活が立ち行かなくなります。
執行猶予付きの寛大な判決をお願いします。


 被告人最終陳述 

被害者様、ご家族の皆様には大変申し訳ありません。
大変反省しています。


 裁判の向う側 

今回の事故は、被告人の前方不注視は当然原因としてあり、加害者はしっかりと罪を償ってほしいと思います。
今回の事故を起訴状だけでしか聞いていませんので、詳しい状況は分かりませんので誤解があれば申し訳ないですが、交差点での事故です。いずれの側に一旦停止標識があったのかも分かりませんが、いずれにせよ例え自転車であっても交差点に進入するときには注意義務があります。84才の被害者は、自転車に乗って交差点に進入するにあたって、しっかりと左右を見て安全確認してから左折進入したのでしょうか。
被告人が注意義務を怠ったことは間違いありません。被害者はどうだったのでしょうか。

最近、自転車の走行での事故が問題になることが多くなっています。実際に車を運転していても、前方を走る自転車の動向は気になることが多いです。
そして高齢者が自転車に乗っている場合は、通常よりも一層気を使います。急に道路を斜めに横断してみたり、ふらふらと道路の中央よりに寄ってきたりすることがあるからです。
自動車は走る凶器といわれ、当然自動車側の注意義務の方が比率として大きいのかも知れませんが、自転車にも注意義務はあります。

超高齢化社会となっていくこれからの社会に向けて、高齢者は車を運転する時はもちろんですが、自転車に乗る場合もしっかりと注意義務を果たし、常に何があるか分からないという気持ちで自転車に乗ってほしいと思います。

今回の事故は、確かに加害者の不注意は問題ですが、この事故によって加害者もその家族も一生背負いきれない心の傷を負っています。

お互いが注意しあって、交通事故のない社会を築いていきたいものです。



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