罪 状 公務執行妨害
被告人 70代前半 男性
求 刑 懲役1年6月
事件の概要
A市に夫婦2人で居住する被告人は、A市から生活保護を受給していましたが、被告人が支給条件に違反していることが判明したため、A市ではこのことを被告人に指導すべく、平成30年9月×日、市の職員の生活保護ケースワーカー3名が被告人宅を訪問しました。
訪問を受けた被告人は、妻と一緒に話を聞いていましたが、生活保護を受給するためには自家用車を所有できないという話に納得いかず、話を続けていましたが、そのうちケースワーカーの1人が被告人に対して「お前」と言った言葉に激高し、被告人は足の悪い妻のための杖代わりとして家の中に置いていた木の棒を持って振り上げ「どついたろか」と叫びました。
被告人は足の悪い妻と2人暮らしで、買い物に行くにも、定期的に通院している病院へ行くにも車が必要で、車を運転することができないと生活できないと思い、事件当日もケースワーカーにそのことについて何度も問い質してしたということです。
この一件について、A市では行政事務に対する公務執行妨害があったとして、警察に被害届を提出したものです。
A市のケースワーカーはこのときの状況を、「被告人は「どついたろか」「頭かちわったろか」と言いながら木の棒を振り回し、ケースワーカーが逃げられないように家の玄関の鍵をかけた。」と証言しました。なお、ケースワーカーは3名とも直接の暴行は受けておらず、負傷もしていません。
A市は適正な市の職務執行を妨害されたとして、警察に被害届を提出したものです。
被告人は、平成17年A市に対する職務強要の罪で執行猶予付の有罪判決を受けています。
被告人は、妻と2人暮らしで買い物に行くにも、定期的に通院している病院へ行くにも、車が必要で、車を運転することができないと生活できないと考えていました。
弁護側追加証拠申請
前回の法廷で、起訴状の朗読、冒頭陳述、証拠調べ、検察側の証人訊問まで手続きが進んでいましたので、本日の法廷では弁護側の追加の証拠申請から始まりました。
弁護側は、被告人が生活保護の申請を取り下げ、今後は被告人の四男と同居することにしたとして、四男の住所を証拠として申請しました。
検察官が同意しましたので、証拠として採用されました。
被告人質問
弁護人
今回のことについてどう思っているのか?
被告人
悪いと思っています。反省しています。
弁護人
親族は?
被告人
娘と息子がいます。
弁護人
被告人の身長と体重は?
被告人
167cm、48kgです。
弁護人
被告人の健康状態は?
被告人
白内障で2週間に1回通院していましたが、今は1ケ月に1回通院しています。
心臓血管と狭心症で2週間に1回通院していましたが、今は2ケ月に1回通院しています。
かかりつけのクリニックに1回通院していましたが、今は1ケ月に1回通院しています。
弁護人
妻も同じペースか?
被告人
歯医者に痛いときだけ行っています?
弁護人
平成30年8月に病院に入院しているか?
被告人
夜中に血便が出て止まらなくなったので、10日間ぐらい入院しました。
弁護人
今回の事件は退院してから1週間後ぐらいか?
被告人
そうです。
弁護人
買い物はどうしている?
被告人
少し離れたスーパーに車で行っています。
弁護人
車が使えないとタクシーか公共交通か?
被告人
そうです。
生活保護を受けた後は車を使えないと職員に言われましたが、はっきりと知りませんでした。生活保護を受けるのは初めてでしたので。
弁護人
事件当日、職員から質問を受けたか?
被告人
車が無いと不便と答えました。
弁護人
生活保護を受けると車を持てないということを保護を受ける前に聞いたか?
被告人
聞いたと思いますが、はっきりと覚えていません。
弁護人
①被告人の銀行口座に金が残っているので、その残高で支給した生活保護費を返還せよ。
②火災保険の保険料は生活保護費で支払ってはいけない。③車は処分してください。・・この3つの内、どれが一番納得できないか?
被告人
車を処分することです。
弁護人
事件の前日にA市のケースワーカーから、火災保険の件で話があると電話があったか?
被告人
電話はありましたが、車の話やったと思います。
弁護人
事件当日の話、1時間ほど話をした後、被告人が棒を持って振り回したのか?
被告人
ケースワーカーの1人が「お前」と言ったので、家内の横に置いていた杖代わりの棒を振り上げました。
弁護人
その杖替わりの棒は今も使っているのか?
被告人
新しい杖を買ってからは使っていません。
平成30年12月に警察が家宅捜索に来て、家中写真を撮っていました。その中に今は庭に捨て置いている当時の杖代わりの棒や、新しい杖も撮っていました。
弁護人
その棒を他に使う目的は? 護身用では?
被告人
使う予定もありませんし、護身用など考えたこともありません。
弁護人
杖代わりの棒を持ってどうした?
被告人
「どついたろか」と一言いました。
弁護人
「頭かちわったろか」と言ったか? 家の玄関の鍵を閉めたか?
被告人
ありません。
弁護人
自分の言い分を通すために「どついたろか」と言ったのか?
被告人
そうではありません。「お前」と言われたので腹が立って言いました。
弁護人
どれぐらいの間、棒を振り上げていた?
被告人
20秒ぐらい肩の上にあげていました。それ以外は下に持っていました。
弁護人
今後は用事があるとき以外は、A市役所には行かないか?
被告人
行きません。
弁護人
今後は誰に対しても、おどしや棒を持たないことを約束できるか? 何かあったら信頼できる人に頼めるか?
被告人
はい。
検察官
生活保護を受ける前に車は持てないと言われたことを覚えていないか?
被告人
忘れるのが早いです。
検察官
車を3台処分したと言っていたが?
被告人
後の1台は買い物などにいるので、無いと生活できません。
検察官
事件当日、生活保護の話がよく分からなかったのか?
被告人
もう生活保護は受けんとこうと思いました。
検察官
棒は持っていたのか。
被告人
足の悪い家内の杖代わりに使っていた棒です。
検察官
市の職員が何を言ったのか?
被告人
「お前」と言いました。
検察官
市の職員に個人的に恨みをもっているのか?
被告人
お互いに恨みはありません。言葉にかっとなりました。
検察官
車は乗るのか? 白内障ではないのか?
被告人
車には乗ります。白内障の件は医者には問題ないと言われています。
裁判長
棒を持って「どついたろか」と言ったのは覚えているか?
被告人
「どついたろか」は言いました。
裁判長
「どついたろか」以外は?
被告人
「帰ってくれ」と言いました。
裁判長
棒を振り上げて20秒は長いが?
被告人
はっきりとは覚えていません。
裁判長
いずれにせよ、暴力を加えることを言ったか?
被告人
はい。
論告求刑
論 告
被告人は、被害者に対して脅迫的な文言を言った。
自らの一方的な要望が通らないことで、自分勝手な態様に終始して、A市の適正な職務執行を妨害した。
被告人は、平成17年にもA市に対し職務強要を行ったとして、執行猶予付きの有罪判決を受けている。
求 刑
被告人に懲役1年6月を求刑する。
弁護側最終弁論
被告人の脅迫的文言や、公務執行妨害は否定しません。
被告人は、自らの妻の制止にも関わらず、脅迫的文言を発したことは認めています。
当日訪問した市の職員3名はいずれも30代ないし40代でしたが、被害者である市の職員の言葉は、供述に不一致が認められます。
当日被告人宅を訪問した市の職員は3名で、1名対3名で対応しているため、被告人が相手方を傷つけることはほとんど不可能な状況でした。
また、被害者は誇張表現していると思われます。
被害者が3名とも脅威を感じたにも関わらず現場に留まっています。
以上のことから、被害者の供述には疑義があり、証拠として扱うには慎重であるべきと考えます。
また、被害の程度は少ないです。
今後は生活保護の条件を協議ではなく、生活保護を辞退して被告人の四男と同居します。
また、更生のための親族による環境整備もできています。
よって、執行猶予付きの判決を求めます。
被告人最終陳述
言うことはないです。
裁判の向う側
今回の事件は、被告人が市の生活保護ケースワーカーに棒を振り上げて暴言をはいたことが、市の適正な職務執行の妨害にあたるとして、公務執行妨害で被害届を出して裁判となったものですが、この事件の裁判を通して、生活保護ケースワーカーの仕事の大変さと、生活保護の適正支給がいかに困難なことであるのかが良く分かりました。
昨年、吉岡理帆さん主演のテレビで「健康で文化的な最低限度の生活」というドラマがありました。これはある市の生活保護ケースワーカーの日々の仕事の様を通して、ケースワーカーの仕事の大変さと生活保護受給者の人間模様を描いたドラマでしたが、今回の法廷
で被害者となったケースワーカーの業務も、ドラマで描かれるケースワーカーの業務そのものでした。
地方行政のうちで、この種の仕事は激務で、特に日々の住民との折衝は通常の生活では
決して経験することのない暴言を受けたり、ひどい場合は暴行を受けるということもあるようで、傍聴した別の裁判でも事実としてありました。職員は精神的に耐え切れずに、精神疾患で退職したり、自ら命を絶つ人も少なからずあるということです。
憲法第25条は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定されており、生活保護法はこの趣旨に沿って制定されています。
ところが、高齢化社会の進展とともに、生活保護受給者は年々増加しており、この中には事実を偽り不正に受給しようとする、受給している者も多くいます。
生活保護を受給しながら高級外車を乗り回しているもの、覚醒剤や大麻の薬物を使用しているものなど、考えられない不正受給が横行している現状があります。
今回の事件の被告人も、受給条件を3つ違反していたということです。これが相対的にどうなのか、行政の裁量の余地があるのか専門的には分かりませんが、被告人は正直に申告すべきだったのでしょう。正直に申告していれば行政側とも相談の余地はあったのではと思います。(甘いでしょうか。)
「老後破産」という言葉もできるほど、生活に困窮した高齢者が増加して生活保護受給者も増加してくると考えられます。地方行政の予算にも限度があり、生活保護行政もいずれ破綻してしまう可能性は大です。
国の社会福祉政策を根底から見直す時期がとうに来ているのではないでしょうか。
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