2019年5月23日木曜日

【裁判傍聴記】先々代からの付き合いを急に冷たくされやりました

今回の事件は、サービス業の代理店を経営する被告人が、先々代の社長から贔屓にしてもらっていた得意先の現社長Aから急に仕事を断られた腹いせに、その得意先が営業範囲としている不特定の数十軒に対して「Aがエイズに罹患している」というデタラメの内容を書いたハガキを送り付けたというものです。被告人はこれだけであきたらず、その得意先の事務所に石を投げつけてガラスを割るということも行っていました。


罪 状 名誉棄損罪
被告人 70代前半 男性
求 刑 懲役1年


 事件の概要 

平成30年〇月△日~×日の間に3回に分けて、被告人は被害者Aが居住するX市内と隣接するY市内の不特定の数十軒の居住者に対し、「大変恐ろしいエイズ患者あらわる」と被害者Aがエイズに罹患しているとした内容を記載したハガキを送り付けたものです。

被害者Aは現在も、そして過去にもエイズに罹患しておらず、被告人が送り付けたハガキによって著しく名誉を傷つけられたとして、被害届を提出し被告人を刑事告訴しました。
なお、被害者Aは民事でも、名誉棄損で被告人を提訴しています。

被告人は高校を卒業後、30年前からサービス業の代理店を経営していました。
被告人は妻との2人暮らしで、子供は息子2人と娘1人がいますが、いずれも同居していません。

被告人は、被害者Aが現社長を務める得意先に、先々代が社長の頃から出入りし贔屓にしてもらっており、毎年定期的に仕事を請け負っていました。

被害者Aは社長に就任してからも先々代、先代の時と同様に被告人に仕事を依頼していました。ところが被告人がそのサービス業の代理店の仕入れ先に対して高圧的な態度で接しているのを見て良しとせず、被告人との取り引きを考えるようになり、平成29年9月以降は被告人との取り引きを絶ちました。

被告人は被害者Aから取り引きを絶たれたことを不服に思い、今回の犯行に及んだものです。

【ミニ知識】

名誉棄損罪とは、公然とある人に関する事柄を摘示し、その人の名誉を毀損した場合に成立します(刑法第230条1項)。法定刑は3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金です。


 罪状認否 

被告人 公訴事実に間違いありません。

弁護人 被告人と同意見です。


 検察側証拠調べ 

検察官が申請した証拠について、弁護側が全て同意したため、検察側の証拠調べに入りました。

被害者Aの告発調書

・ハガキにエイズ感染者と書かれとても傷つき、被告人を許せません。
・被害者Aの代で被告人との取り引きを停止しました。
・被害者Aが自費で雇った探偵が、被告人がハガキをポストに入れるところを写真撮影しました。
・被告人が送り付けたハガキが届いたと被害者Aに伝えた証人の供述があります。

被告人の所有するパソコンの住所録がハガキを送り付けた居住者の住所と一致

被告人供述調書

・被害者Aがそっけなくなり、怒りを募らせていきました。
・被告人自身の名誉を守るため匿名のハガキを使いました。
・ハガキを使ったのは、ハガキは手紙と違い家族にも目につくと思いました。
・ハガキ以外にも、被害者Aの会社の事務所に石を投げつけて割りました。


 弁護側証拠調べ 

弁護側が申請した証拠について、検察側が全て同意したため、弁護側の証拠調べに入りました。

被害弁済について、被害者Aとの間で示談書

・被害者Aとは被害弁済について570万円で示談が成立し、後は示談金の払い込みのみが残っています。

被告人と謝罪文 

・この中にはサービス業の代理店業から撤退する旨も書かれています。


 弁護側情状証人訊問 

被告人の長男が証人として出廷しました。

弁護人
今回の事件はいつ知った?
証 人
父が6月に任意聴取されて知りました。思ってもみなかったことで驚きました。
聴取されても何もやっていないと答えていたので信用していました。

弁護人
被告人は途中から認めたが、それを聞いてどう思った?
証 人
捜査の途中で、父親は母親に真実を言いましたが、私は父親がそんなことをしたとは思いませんでした。

弁護人
証人が身元引受人になった?
証 人
被害者の方に謝罪したいと、父親を警察に連れて行きました。

弁護人
被害者への弁済金570万円は、どのように工面した?
証 人
父母の蓄えと子供3人で分担しました。
父は400万円程度持っているだろうと思っていましたが、持っていませんでした。
相手方に対して申し訳なく、早く謝罪したいと思っています。
また、父親が今後このような悪いことはしないように、先が短いので老い先楽しく暮らしてくれたらと思っています。

弁護人
被告人が被害者の事務所に石を投げていた件は?
証 人
その件はあまり聞いていません。

弁護人
被告人が再犯しないようにするため、どのようにしていきますか。
証 人
父親は泣きながら悪いことはしないと言っていました。
家族みんなが父親とコミニュケーションをとって、悪いことをしないように監視していきます。

検察官
被告人の犯行を全く知らなかったのか?
証 人
はい。

検察官
今後被告人が再犯しないように、監視はどのようにするか?
証 人
父親の行動を注意深く見守ります。

裁判長
被告人が再犯しないように、注意深く見守るというのは家族全員その思いか?
証 人
そのとおりです。


 被告人質問 

弁護人
被害者の事務所のガラスを割ったのはいつ頃で、そのきっかけは?
被告人
2年位前、平成28年位です。きっかけは単純に言うと脅かしでした。

弁護人
被害者の会社とは先々代からの付き合い?
被告人
贔屓いただいていたと思っています。

弁護人
関係がうまくいかなくなったのは、現社長の代になってからか?
被告人
現社長は年代も違うので、私の物事のとらまえ方について批判もあったのかなと思います。

弁護人
被害者は被告人に対する不信感があったのか?
被告人
私の言葉遣いが悪かったことを気にされてる部分があったのかなと思います。

弁護人
平成27年、28年は?
被告人
特段は何も思っていませんでした。私どもの仕事に満足いただいていたと思っていました。

弁護人
1週間前のドタキャンがあったのか?
被告人
ドタキャンも、お互いの雰囲気が悪くなっていたせいかなと思いました。
継続的に仕事が発生しておれば、このような事はなかったと思います。

弁護人
今回の犯行で得たものは?
被告人
達成感はありませんでした。自己満足かなと思っています。

弁護人
ハガキにエイズ感染者と書いたのは何故か?
被告人
田舎ではエイズは忌避する言葉だったからです。

弁護人
不正会計とか、下請法違反の方がよかったのでは?
被告人
思い付きませんでした。

弁護人
長男の証言を聞いてどう思った?
被告人
勝手な行動で迷惑をかけて、世間体も悪く、はずかしく、世の中から消えたいと思います。
私の業界からは引退して、被害者の方の業界の方とは合わないようにします。近々に廃業届を出します。

弁護人
被害者とプライベートな付き合いは?
被告人
ありません。被害者の方とは徒歩で1時間位の距離ですので、会うことはないと思います。

弁護人
被害者の方との示談書にも、接触しないことと明記しているので守るように。
示談交渉で被害弁済について、先方の950万円の請求に対して570万円で合意したが用意できるのか?
被告人
来週の月曜か火曜には準備します。

弁護人
被害者に対する気持ちは?
被告人
身勝手で短絡的な行動をして申し訳なく思っています。

弁護人
被害者以外にも迷惑をかけた?
被告人
今回ハガキを受け取られた方、家内、子供、姉、妹、区長さんに対しても申し訳なく思っています。

弁護人
今後迷惑をかけることはしないと誓えるか?
被告人
誓います。今後は余生を楽しく生きていきたいと思います。

検察官
被告人は経営者として会社の評判が重要と思っていないのか? 2回目、3回目のハガキを踏みとどまれなかったのか?
被告人
踏みとどまれなかったのが情けないです。

検察官
今回被告人が裁判を受けたことによって、被害者の名誉は回復されたのか?
被告人
ハガキを受け取った人のうち、私が裁判を受けていることを知らない人の方が多いのではないかと思います。

検察官
ハガキを送り付けた人に対して、ハガキに記載した内容は事実無根としいうことを説明したのか?
被告人
説明していません。

検察官
被害者の名誉回復のために何をすべきか考えたか?
被告人
思い付きませんでした。

裁判長
ハガキの文面が2種類あるが?
被告人
意味はありません。

裁判長
サービス業の代理店を長い間続けていて、何故こんな人を傷つけることをしたのか?
被告人
今回何故特に気になったのか分かりません。
長年付き合って、時にはギブアンドテイクの付き合いをしてきたのに、急に態度が変わったことで、虫の居所がわるかったのかも知れません。


 論告求刑 

論 告

犯行態様は陰湿で、一方的に恨みを募らせたものであり、その動機に斟酌の余地は無い。

求 刑

被告人に懲役1年を求刑する。


 弁護側最終弁論 

・公訴事実は争いません。
・情状として被告人は被害者が「エイズ感染者」とハガキに書いたが、今やエイズはコントロール可能な病気となっており、名誉棄損としての効果は少ないと考えられます。
・被害者との示談が成立しています。
・被告人はサービス業の代理店の廃業するため、社会的制裁を受けていると考えられます。

以上から執行猶予付きの判決を希望します。


 被告人最終陳述 

申し訳なかったと思っています。
どうかお許しをいただきたい。



 裁判の向う側 

不特定多数の人に宛てて「被害者Aさんがエイズに感染している」との嘘のハガキを送り付けたり、石を投げて被害者Aさんの事務所のガラスを割るなど、被告人のあまりに稚拙な犯行にはあきれ果てます。長い間経営者として会社を経営してきた人物がやるとは思えない行動です。

被告人の証言を聞いていると、「余生を楽しく過ごしたい」「世間体が悪い」だの、「被害者Aさんの態度が変わったのは年代による物事のとらまえ方の違い」などと陳述していて、あまり反省しているようには感じられませんでした。

被害者Aさんは、告発調書の中で「被告人がサービス業の代理店の仕入れ先に対して高圧的な態度で接しているのを見て良しとしなかった。」と陳述しています。被告人は恐らく自らが仕入れ先より優位な地位にあることから、仕入先に対して独占禁止法で禁止されている「自己の超越した地位を利用して相手方に不利益な条件を付けること」の発言をしたのではないかと考えられます。
被害者Aさんは、法律的にも、また商売の倫理上も良くないと考えて、取り引きを絶とうと考えたのでしょう。
残念ですが、被告人は今でもこのことを理解してないのではないかと思います。

廃業も止む無しではないかとも思います。

被告人は高齢です。楽しい余生を過ごされることをお祈りします。

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