この事件(事故)の裁判は、交通事故が被害者側が辛い思いをするだけでなく、加害者となった側も辛く苦しい道のりが待っている、ということを切実に教えてくれました。
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被告人 20代後半 男性
求 刑 懲役2年
事件(事故)の概要
平成30年〇月△日午前7時頃、被告人は勤務先の会社へ通勤するため、普通乗用車を運転して、信号のある交差点に差し掛かりました。いつも通り慣れた交差点です。被告人はこの交差点を右折して進もうとして、信号が赤から青に変わりましたので、交差点に進入しました。
そのとき前方から右折しようとする対向車が、交差点に進入してきました。その対向車は右折停止線を越え前に出すぎて進入してきましたので、被告人は正面衝突する危険性を感じ、対向車を避けようとして、時速20~30kmの速度でやや内回りで右折を始めました。被告人は右折しようとしている対向車に気をとられ、右折前方の左から右へと歩いてくる被害者に気付きませんでした。直後、被告人の車の右前部が被害者と衝突、被害者は転倒して頭部を地面に打ちつけました。
衝突してはっと気付いた被告人は車を止め、被害者を救護した後、救急と警察に通報しました。
被害者は60代前半の男性でした。
被害者は駆け付けた救急によって最寄りの救急病院に搬送されましたが、「加療見込み不明の高次脳機能障害」の後遺症が残り、生涯介護を要するであろうとの診断でした。
被告人は、駆け付けた警察官によって、過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕されましたが、
被告人の妻が身元を引き受けましたので、勾留されることなく、当日釈放されました。
今回の事故では行政処分として、免許停止1か月が通告されました。
被告人は、大学を卒業後、地元に本社のある会社の会社員として大阪の営業所で働いていました。2年前に結婚し、地元で妻と2人で暮していました。勤務先の大阪へはマイカーで通勤していました。
被告人には、前科前歴はありません。交通違反もスピード違反が1件のみです。
起訴状朗読
検察官が事件の概要に記載した事実を公訴事実として朗読しました。
罪状認否
被告人 起訴状のとおりです。
弁護人 公訴事実は争いません。
冒頭陳述
被告人 起訴状のとおりです。
弁護人 公訴事実は争いません。
冒頭陳述
弁護人は、検察官が申請した証拠について全て同意したため、証拠調べを行いました。
検察側証拠調べ
検察側は、被告人の車のドライブレコーダーの映像、交差点近くの防犯カメラの映像、救急病院の診断書、事故直後の被害者家族の感情の供述書「後遺症が残らないようにしてほしい」、被害弁済が被告人の車の任意保険からなされている状況、などを証拠として提出しました。
検察官は、被害者の奥さんが公判前に語った心境として以下の供述も証拠として提出しました。
「事故から8ケ月、リハビリを続け意識が戻りました。話も分かるようになりました。被告人は誠意を示してくれていますが、許すことはできません。」
弁護側立証
弁護側は、下記を証拠調べとして申請しました。
1.被告人の被害者と被害者家族に対する謝罪文
2.被告人が被害者への見舞金として渡した現金○○万円の銀行利用明細
3.被告人の車の任意保険が対人無制限となっている書証
4.被告人の妻を情状証人として申請
検察官が、弁護側申請を全て同意したため、書証を提出した後、証人訊問に入りました。
弁護側情状証人尋問
被告人の妻が情状証人として出廷しました。
弁護人
証人が被告人の運転で車に乗っているときの、被告人の運転状況は?
証 人
安全運転に心がけていましたので、今回の事故は予想外でした。
弁護人
事故当日は証人は被告人の車に同乗していましたか?
証 人
同乗していません。事故は警察からの電話で知りました。
弁護人
被害者のもとへ見舞いに行ったか?
証 人
3回見舞い品を持って行きました。被告人のみで行ったのは1回です。
先日見舞いに行ったときに、被害者の奥様に○○万円を見舞金として渡しました。
弁護人
被告人の事故後の状況は?
証 人
警察から釈放されて以降は憔悴しきっています。会社もあれから2ケ月間休みました。有給休暇もなくなり、残りは欠勤となりました。事故後はあまり運転していません。
事故当時、大阪までマイカーで通勤していましたが、車を使わず公共交通機関で通勤できる勤務先への転属を会社にお願いし、現在は地元の営業所に転勤となり電車で通勤しています。
弁護人
被害者に見舞いに行ったときの被害者の奥様の対応は?
証 人
冷静でやさしく接してくださっています。好意的に感じてありがたい対応だと思っています。
弁護人
妻として被告人を監督していくことができるか?
証 人
監督していきます。
弁護人
被害者の病状がよくなっているとのことだが?
証 人
言葉が喋れるようになったとのことです。ものを手にとっておられるとも聞いています。
被害者には今後も継続的に対応していきます。
検察官
被告人は普段の運転で横断歩道の手前で止まっていたか?
証 人
歩行者がいれば止まっていました。
検察官
今後も被告人と一緒に生涯、被害者と対応していきますか。
証 人
対応していきます。
被告人質問
弁護人
現在の生活の状況は?
被告人
妻と2人で共働きです。
弁護人
交差点を右折中の横断歩道での事故?
被告人
毎日通っている道の交差点です。
弁護人
事故のあった交差点は、前方が少し見えにくい道で、右折してからは太陽が昇りかけている時間で、横断歩道の歩行者は太陽の陽かげに入って見えにくいと思うが?
被告人
実況見分では、歩行者は見えました。
弁護人
それでは、横断する歩行者への注意がおろそかになった理由は? 対向車の動向が右折であったなら、対向車に注意する必要はなかったのでは?
被告人
対向車が前に出すぎて来たので、ぶつかる可能性があると感じ、内回りで右折して対向してくる車を避けようと思い、対向車に気をとられました。
弁護人
被害者への見舞いは? 見舞い品は?
被告人
今まで4回行っています。内3回は妻と一緒です。見舞い品は3回持って行っています。
最初被害者の奥様から、手ぶらで結構ですと言われましたが、持っていきました。
弁護人
見舞いがしばらく間があいたときがあったが?
被告人
被害者の奥様との予定が合わなかったのと、妻と一緒に行こうと思いましたが、妻との予定が合わなく、間があきました。
弁護人
見舞金を渡したときの様子は?
被告人
先日見舞いに行ったときに、謝罪文を手渡し、見舞金を渡しました。被害者の奥様は「見舞金は結構です」と返されましたが、「気持ちです」と言って受け取ってもらえました。
弁護人
今月被害者が他県の病院に転院されるとのことだが? 賠償の話はどうなっている?
被告人
先日奥様から、180日の入院期間が過ぎて病院から転院要請されたのと、転院される病院が事故専門の病院とのことで、転院されるとのことです。もちろん他県の病院でも見舞いなど対応していきます。賠償の話は任意保険の保険会社ですすめてもらっています。
弁護人
逮捕後の状況は?
被告人
逮捕されるのは初めてでしたので、ショックを受けました。
会社は2ケ月間休みました。有給休暇もなくなり、残りは欠勤扱いとなりました。
妻がしっかりしているので、警察への拘留はありませんでした。
行政処分は免停1ケ月でした。
弁護人
勤務先の転属願いは本人が出したのか?
被告人
上長に相談して、通勤に車を運転しなくても良い勤務先に転勤させてもらい、業務内容も車を運転しなくても良い仕事にしてもらっています。今後もそうしてもらうよう希望しています。
弁護人
車は運転しないようにしているとのことだが、今後どうしても運転しなければならないときは?
被告人
充分気を付けて、安全を確認してから運転します。
検察官
事故までの運転では、横断歩道の手前では止まっていたか?
被告人
歩行者がいるときは、止まっていました。
検察官
被害者が病院のベッドで寝ている姿は見たか?
被告人
見ました。大変なことをしたと思いました。
検察官
会社でのペナルティは?
被告人
直接的なものはまだありませんが、給料には反映すると言われています。
検察官
今、車を運転するときに恐怖心があるか?
被告人
こわいです。
検察官
今回の事故を一生背負っていけるか?
被告人
一生背負っていきます。
裁判長
横断歩道の歩行者に気が付かなかったのか?
被告人
気が付きませんでした。
裁判長
今までの運転でハットヒヤリは?
被告人
ありません。
裁判長
今回の事故はお互いに消すことのできない出来事になっているが。
被告人
心に受け止めています。
論告求刑
論 告
今回の事故は、被告人が当然果たすべき注意義務を怠った結果、重大な事故になったのであるから、被告人の責任は重大である。
求 刑
懲役 2年
弁護人最終弁論
今回の事故の状況は、悪条件が重なったものである。
1.交差点で右折する対向車が前に出すぎていた。
2.被害者も横断歩道上を歩いていなかった。
被告人は、落ち込んで会社に行けなくなっていたが、被害者に誠意を尽くしてきた。
被告人は、酒もタバコもやらずに真面目に生きてきた。今後も真面目に生きていく。
以上から、執行猶予付きの寛大な判決をお願いする。
被告人最終陳述
被害者の方と家族の皆さんには、自分の不注意で被害者の方にケガを負わせてしまい申し訳なく思っています。
今後も誠意を尽くして対応していきます。
この先、車を運転するようになっても、安全運転に努めます。
裁判の向う側
今回の交通事故で被害者には、「高次脳機能障害という後遺症」が残りました。懸命のリハビリの結果、少しずつ症状は良くなっているものの、被害者本人も被害者の家族の方も、先の見えないリハビリ生活が続くことは間違いありません。
事故は一瞬の気の迷い、不注意と悪条件の重なりによって起こりました。被告人はもちろん道路交通法でいうところの「果たすべき注意義務」を怠ったわけですが、対向車に気をとられた一瞬の隙でした。
被告人は真面目に働き、奥さんとの2人の生活を大事に過ごしてきたことでしょう。この事故で一瞬にして2人の生活も変わりました。被告人は一生を悔悟の思いで過ごすことでしょう。
交通事故は被害者はもちろん苦しいですが、加害者も一生重荷を背負って生きていくことになります。
「煽り運転」や「飲酒運転」などの無謀な運転は別として、交通事故は運転者がいくら気を付けていても、一瞬の気の迷いや不注意で起こるヒューマンエラーの一種です。でも、その結果は重大です。
決められた交通ルールを守る、交通法規を守る、集中力を持って運転する、相手を思いやる、高い意識をもって運転するなど、やるべきことをやり、守るべきことを守って車を運転して交通事故ゼロを目指したいものです。
最後に、被告人には今回の事故でめげることなく、奥さんと二人でしっかりと人生を切り開いていってほしいと思います。まだまだ若いのですから人生は開けます。
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